質的研究
質的研究とは、多様な理論的立場、方法、分野を包括する総称です(波平 2016)。そのため、質的研究の方法には様々なものがあります。
エスノグラフィーは、ある民族集団の人々とその分析についての学問である“ethno-logy”「エスノロジー(民俗学)」の研究成果を意味する“ethno-graphy”からきた言葉で、ある特定の社会集団ないしは文化的集団について長期にわたっておこなわれる総合的な現地調査の資料報告と分析の成果を意味します。現在は、もっと緩やかに定義されるようになり、人間の行動と思考や意識を対象とする社会学、教育学、心理学、マーケティングなど多くの研究領域で使われ、対象となる人々の直接観察や聞き取りやインタビューやナラティブを含んだ研究方法とその成果を示すものになっています(波平 2016)。
TEM(Trajectory Equifinality Approach:複線経路等至性アプローチ)は、異なる人生や発達の経路を歩みながらも類似の結果にたどり着くことを示す等至性の概念を、発達的・文化的事象に関する心理学研究に組み込んだValsiner,J.の創案に基づいて開発された方法です(サトウ他(編) 2019)。
PAC(Personal Attitude Construct)分析は、個人ごとにイメージや態度構造を分析する方法です。問題に直面している当事者が、潜在的あるいは無意識につかんでいる枠組みに沿って関連変数を想起させ、その構造を析出し、その意味を当事者とともに探索する方法です。当事者本人がイメージする現象世界に直接迫ろうとするところに独自性があります(サトウ他(編) 2019)。
グラウンデッド・セオリー・アプローチは、インタビューやフィールドワークでの観察等で得られた質的データからボトム・アップ的に、人と人との相互作用やそのプロセス・変化を説明・予測できる理論の生成を目的とした研究方法です。生のデータ(インタビューや観察データ)から、抽象化して概念化をおこない(オープン・コーディング)、生成された概念同士の関連性を検討していきます(軸足コーディング、選択的コーディング)(若林 2015)。
質的研究では、評価基準に関してさまざまな議論があります。一つは、信頼性と妥当性の基準です。 質的研究において信頼性を高めるためには、次の2点を明らかにしておくことが望まれます。①どれが被調査者の言ったことで、どこから研究者の解釈が始まるのかがチェックできるような形で、データの成立過程を明らかにしておくこと、②複数のインタビュアーや観察者が取る手続きの比較可能性を高めるために、フィールド調査、インタビュー、データ解釈などの方法を実習や点検作業の中で明らかにしておくこと。最終的には、研究プロセス全体にわたって常に反省をおこない、それを記録に残していくことが、信頼性を高めるうえで必要とされます(Flick,U 1995)。
妥当性を検証するためのひとつに、調査対象者の協力を仰ぐ方法があります。これは、インタビューとその文字変換が終了した後に、再び調査対象者と会いその意見を聞くというもので、「コミュニケーションの妥当化」やメンバー・チェックと呼ばれます(Flick,U 1995)。
関連問題
参考・引用文献
- Flick,U. 1995 QUALITATIVE FORSCHUNG Reinbek bei Hamburg 小田博志・山本則子・春日常・宮地尚子(訳) 2002 質的研究入門<人間の科学>のための方法論 春秋社
- 波平恵美子 2016 質的研究Step by Step-すぐれた論文作成をめざして
- サトウタツヤ・春日秀朗・神崎真実(編) 2019 質的研究法マッピング 特徴をつかみ、活用するために 新曜社
- 若林功 2015 グラウンデッド・セオリー・アプローチ 日本労働研究雑誌665 48-56