エリクソンのライフサイクル論

ライフサイクル

 エリクソン(Erikson,E.)は、ライフサイクルという概念を提唱した精神分析家です。エリクソンは、アメリカのインディアンである、スー族とユーロック族という、より原始的な文化の観察を通して、より近代的な自身の文化を見直した結果として、ライフサイクル論を展開していきます。エリクソンは、フロイト(Freud,S.)が人生早期の心理-性的な側面を取り上げて作り上げたリビドーの発達理論を基礎に、人生の後半にいたるまで、また心理-社会的な側面を加えてライフサイクル論を展開しました。ある個人の行動や、感情を理解するには、少なくともそこに働いている三つの過程-生理学的過程、心理学的過程、社会的・文化的文脈-が考慮されなければならず、しかも、三つのうちどの一つの見かたも、それだけでは十分とはいえず、三つは互いに作用し合って不可分の全体をなしていると考えたのです。

 例えば、人生の早い時期では、吸啜反射によって母親の乳房に吸いつき母乳を飲むという様子に代表されるように、赤ちゃんにとって口唇領域が特に重要な部位になります。この、生理学的な基盤による口で母親の乳房から母乳を飲むという行動には“取り入れる”という象徴的な側面があり、飲むという行動は様々なことを自分の中に取り入れていく心の動きとの関連をもって展開していきます。また、この赤ちゃんが母乳を飲むという行動は、母親が母乳を与えてくれるという環境の働きの上に成り立つものであり、そこには“受け取る”といった、より対象との交流に重きをおいた象徴的な側面もあります。さらに言うならば、こういった母親をはじめとした社会や環境のあり方は、そこに特有な文化の影響をうけています。狩猟を主として生計をたてるスー族では勇猛果敢に獲物をしとめるための攻撃性を駆り立てるような伝統的な子育ての仕方で、漁業を主として生計をたてるユーロック族では環境を汚さない几帳面さを促すような伝統的な子育ての仕方で、親は子どもにかかわっていきます。

 このような様々な水準で展開されている人と社会との相互性を考慮しつつ、エリクソンは、人生に、乳児期、幼児期初期、遊戯期、学童期、青年期、前成人期、成人期、老年期の、8つの発達段階を想定しました。発達は時間的に連続したものですが、そこには質的な変化も含まれており、そこに目を向けるといくつかの段階に区切ることもできます。例えば、出産により赤ちゃんが母親の胎内から外界へ出ていくことや、筋肉が発達して自分の思うように体を動かせるようになることです。このような質的な変化に伴って、その段階独自の特徴が現れてきます。はじめて外界に触れる段階では赤ちゃんはそこが安心できるということを学ぶことなどが大切になるでしょうし、筋肉が発達してきた段階では自分でうまく体をコントロールできるということなどを学ぶことが大切になるでしょう。

 各段階には、ポジティブな特質とネガティブな特質を両極とした、学習しなければならない基本的な心理-社会的な態度があると考えられています。そして、ポジティブな特質とネガティブな特質がともに経験されながら相対的にポジティブな要素が勝ることで、それを基礎として人間の基本的な強さが生ずるとしました。例えば、第一段階で言えば、信頼することと同様に不信を感ずることを学ぶことも大切であり、信頼と不信とが一定の割合で基本的な社会的態度に含まれつつも信頼が不信を上回る事が重要であるとされます。その結果得られる基本的な強さは徳(virtue)と呼ばれ、人間の適応において必要なものとされます。しかし、各段階でできるのはあくまでもその基礎であり、その後の発達の諸段階を通して成長し続けます。各段階と、各段階のポジティブ-ネガティブな特性は以下の通りです。

乳児期

・基本的信頼

生後一年間の経験から引き出された自分自身と世界に対する一つの態度。自分の外に存在する提供者たちの斉一性と連続性を頼りにすることを学んでいることであり、衝動に対処するにあたっての自分自身と自分の器官を信頼すること。

・基本的不信

剥奪された感じ・引き離された感じ・見捨てられた感じ

幼児期初期

自律

排泄にまつわる筋肉のコントロールをはじめ、自分の足で立つこと、自分の意志と選択で移動すること、それにともなってほぼ一体に近かった母親との身体的・精神的な分離を経験することなど。

恥、疑惑

自分があまりに未熟で愚かな存在として人目に曝されていると感じること。

遊戯期

自主性

目的意識的な活動を自ら進んで発想し行動すること。単に自主的であるという以上に、自分が主導権を取り、優位に立つニュアンスがあるという点において、自立から一歩進んでいる。

罪悪感

罰せられるかもしれないという意識。

学童期

勤勉

物事を作ることができ、しかも上手に作ることができ、完璧に作ることさえできるという感覚

劣等感

自分は何の役にも立たないという感情。長い学校生活を通して、何一つ、働く喜びも、得意なことが少なくとも一つはあるというプライドも、手に入れることができない危険。

青年期

同一性(identity)

「わたしとは誰であるか」という一貫した感覚が時間的・空間的になりたち、それが他者や共同体から認められていること

同一性(identity)拡散

自分が何者なのかわからず混乱し、自分たちの社会から与えられる制度化されたモラトリアムを利用することができず、社会的位置づけも得ることができない状態。

前成人期

親密

性的な意味に限定しない、あらゆる他人との親密さ、自分自身との親密さ。単なる性愛や愛着とは区別される。一方的な愛情のやり取りでない、相互性が重要。

孤立

その人にとって危険と感じられる力や人物の存在を、拒絶し、孤立させ、必要とあれば破壊しようとする心構え。

成人期

生殖性(generativity)

generate(生ずる、起こす、発生させる、生む)、generative(生殖する、生産する、生殖力のある)といった単語を、creativityなどと同じ形で語形変化させた造語。生み出し、それを育て、さらに次世代へと継承していく営みの全体。

停滞

自己の生命・活動などあらゆるものが自分の中だけでとどまり、発展せず、終結してしまうこと。

老年期

統合(integrity)

自らの一回限りのライフサイクルを受容することであり、また、その人生の中で重要な存在であった人々を、あるべきものとして、また必然的に、かけがえのない存在として受容すること。

嫌悪と絶望

時間が足りないという感覚、すなわち、別の人生を始め、インテグリティへの別の道を試してみるには時間が足りなすぎるという感情。

これらを図にしたものが下の、漸成的発達表です。

 エリクソンの理論は、漸成の原理がその基礎にあります。漸成とは、予め生体のなかにそれぞれの器官の原形が用意されていて、発達はそれらが大きくなり顕在化することとする考え方とは対立的に、発達していくコースの原案・基礎案こそ予め生体内に組み込まれているものの、個々の器官はあくまでも次々と新しく発生し形成されてはそれまでに作られたものの“上に後から”付け加えられながら、同時に全体のなかに統合化されていくとする考えです。

 例えば、「自律」が発達のテーマになるのは、筋肉をはじめとした身体的な成長が顕著になる幼児期初期ですが、「基本的信頼」がテーマの乳児期にある赤ちゃんであっても、きつく抱かれると手を自由にしようとしてもがくこともあるように、「自律」の要素が見て取れる行動を示すことがあります。通常の場合、赤ちゃんの側で筋肉の発達が追いつかないなど環境との決定的な出会いを果たす準備が整わないこともあり、生まれてすぐには自律が発達の中心的テーマにはなりませんが、その萌芽は既に存在しています。「基本的信頼」→「自律」→「自主性」といった具合に時間の経過とともにそれまでなかった要素があらわれて、より後のものがより先のものに取って代わるというよりも、各々の要素ははじめから存在し、各々が時間の経過とともに平行して進展していく中で、その時々で中心となるものが移り変わっていくということです。

 また、それぞれの連続する段階は、根本的な変化を含んでいるために、潜在的な危機でもあります。母子一体の関係において基本的な信頼が育まれる乳児期の時期と、母親とは違った個体として自律性を育む幼児期初期とは、時間的に連続している一方で、各々の時期の特質は異なったものになっていきます。そのため、乳児期で築かれた安定は、幼児期初期に入るとまた違った形で再度作り上げられていく必要があるのです。このように、次の段階に移行するときには、それまでに確立していた安定性を放棄して、次の段階を踏まえ新しい安定を改めて作り上げていかなければなりません。そうして、過去の自分と新たな現在の自分をそのつど統合していく必要があるのです。とはいえ、それまでに築かれた安定性は、次の段階でまったくなくなるというわけではなく、それまで築かれていたものを基礎として、その上に築かれていくことになるのです。漸成的発達表にある空欄は、これらを意味しています。

参考文献

  • Erikson,E.H.(著) 仁科弥生(訳) 1977 幼児期と社会Ⅰ みすず書房
  • Erikson,E.H(他著) 村瀬孝雄(他訳) 2001 ライフサイクル、その完結〈増補版〉 みすず書房
  • Erikson,E.H.(著) 西平直(訳) 2011 アイデンティティとライフサイクル 誠信書房
  • R.I.Evans(著) 岡堂哲雄、中園正身(訳) 1981 エリクソンは語る アイデンティティの心理学 新曜社
  • 小此木啓吾(他編) 1985 精神分析セミナーⅤ 岩崎学術出版社
  • 氏原・小川・東山・村瀬・山中(編) 1992 心理臨床大事典 培風館

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