感情の生起過程

感情の生起過程

ジェームス=ランゲの末梢起源説

 ジェームス(James,W.)は、刺激・状況によって喚起された身体反応が、感情体験を引き起こすとしました。悲しいから泣くのではなく、「泣くから悲しい」ということです。泣くという末梢の反応が、悲しいと感じる中枢の働きに先行して生じるプロセスを想定しているため、末梢起源説と呼ばれます。この仮説は、同時期に同様の主張をしたランゲ(Lange,C.)の名とあわせてジェームズ=ランゲ説とも呼ばれます。

キャノン=バードの中枢起源説

 一方、ジェームスの弟子だったキャノン(Cannon,W.B.)は、脳内で生じるプロセスが末梢反応に先行するとしました。「悲しいから泣く」ということです。脳内では、外界からの刺激はまず視床に送られ、視床は大脳の感覚皮質に情報を送る一方視床下部にも情報を送ります。大脳に送られた情報・刺激のパターンによって感情体験の内容・種類が決定され、視床下部に送られた情報によって身体反応が生じるということになります。このように、情動体験における中枢の機能を重視するため、中枢起源説とよばれます。キャノンの弟子だったバードBard,P.が、キャノンの考えを発展させたことから、キャノン=バード説とも呼ばれます。

シャクターとシンガーの情動の二要因理論

 情動の生起メカニズムについては、生理的機序中心の展開がなされていましたが、シャクターとシンガー(Schacheter,S.&Singer,J.)は、感情は生理的喚起が生じた後に、その身体反応を認知的にどのように評価・解釈するかによって定まるとする、情動の二要因理論を提案しました。シャクターの実験では、大学生の被験者にアドレナリンを注射した後、陽気にあるいは怒ったように振る舞うサクラの行動を観察させました。その結果、アドレナリン注射に伴う症状に関して誤った情報を与えられたり、何ら情報を与えられない条件の被験者は、正確な情報を与えられる被験者よりも、サクラの行動に影響されて「喜び」や「怒り」に関連した行動を示す傾向が認められたのです。上の例とあわせると「涙が出た。悲しくて涙が出たのだな。悲しいな」ということになるでしょう。

ラザルスのストレス理論、単純接触効果

 感情の生起における認知の重要性と関連して、ラザルス(Lazarus, R. S.)は、ストレスとの関連からその重要性を指摘しました。ラザルスは、ストレスの生起過程に関して、まず出来事を自分とは無関係と評価するか、また関係はあるけれど無害‐肯定的に評価するか、ストレスフルと評価するかといった一次的評価をおこなったのちに、ストレスフルとした出来事に対して、果たしてそれを自分はうまくコントロールできるかという二次評価をおこなうとしました。そしてこの評価に基づいて対処法がとられ、その結果が再評価されていくいった過程を想定したのです。人と話をするといったことは、人と話をすることが好きな人はストレスを感じない一方、人と話をすることが苦手な人にとってはストレスフルに感じられるでしょう。
 一方で、ザイアンス(Zajonc,R.)は、繰り返し接触するだけでその対象への好意度が上昇するといった単純接触効果の例を挙げ、認知的評価と感情は独立しているとしました。単純接触効果は、刺激が閾下呈示される場合でも生じることから、刺激に対する認知的な(意識的な)評価は必ずしも感情体験に必要ではないということになります。
 ラザルスの「すべての情動反応は認知的評価に基づいている」という主張と、ザイアンスの「情動の発現は認知的分析に先行する」という主張の対立は、感情の生起における認知の影響に関して大論争を巻き起こしました。

関連問題

●2018年(追加試験)-問51

参考文献

  • 無藤隆・森敏昭・遠藤由美・玉瀬耕治 2018 心理学新版 有斐閣
  • 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田裕司(編) 1999 心理学辞典 有斐閣