記憶の構造
アトキンソンとシフリンの二重貯蔵モデル
記憶がどのような構造をしているかという事に関して、アトキンソンとシフリン(Atkinson,R.C.&Shiffrin,R.M)は、記憶を保持できる時間と容量の異なる貯蔵システムを想定した、記憶の二重貯蔵モデルを提出しました。
人の記憶は、保持時間の長さによって、感覚記憶、短期記憶、長期記憶に区分することができます。感覚記憶とは感覚刺激を感覚情報のまま保持する記憶で、その保持時間は視覚情報の場合は数百ミリ秒以内、聴覚刺激の場合は数秒以内といわれています。今目を閉じたとしたら、瞼の裏に焼き付いたスクリーンの情報が、次第に薄れていくのを感じることができるでしょう。視覚刺激の提示終了後も利用可能な状態で存続する視覚的情報はアイコニック記憶と呼ばれ、カテゴリー化のなされていない、容量の大きい、急速に減衰する感覚バッファーとみなされています。
感覚記憶に入力された情報のなかで、注意を向けられた情報は、一時的に短期記憶に貯蔵されます。短期記憶は、感覚記憶よりは保持できる時間が長いけれど、記憶できる時間と容量に限界がある記憶です。記憶が保持される時間は通常15~30秒程度と考えられています。短期記憶に保持されている情報に、情報を長期記憶にするための処理をおこなうことで、情報は長期記憶となります。長期記憶は、ほぼ無限の容量をもつ永続的な記憶で、様々な種類の情報が記憶とされています。
二重貯蔵モデル(Atkinson & Shiffrin 1968)
系列位置効果
アトキンソンとシフリンの二重貯蔵モデルは、系列位置効果と言われる現象と関連があります。系列位置効果とは、リスト形式で提示された材料を記憶する場合、各項目の成績がリスト内でその項目がある位置の影響を受ける現象です。
一般的に、リストの初めの方で呈示された項目と、最後の方で呈示された項目の成績がよく、前者を初頭効果、後者を新近性効果とよびます。自由再生でみられる系列位置効果では、記憶材料の使用頻度や呈示速度を操作すると、初頭効果の大きさとリスト中間部の成績は変化しますが、新近性効果は変化しません。
一方、リスト呈示から再生までの間に計算などの妨害課題を挿入して再生を十数秒遅らせると(遅延再生)、初頭効果および中間部の成績は影響を受けませんが、新近性効果は消失します。これらの実験結果から、系列位置効果は短期記憶・長期記憶という二つの記憶システムの機能を反映していると考えられました。
すなわち、初頭効果は中間部の項目よりも多数回リハーサルされたり深く処理されるために長期記憶になりやすく、そのため記銘成績が優れている。これに対し新近項目は短期記憶から直接検索されるために再生が優れていると解釈されたのです。しかし、長期記憶を必要とする課題であっても新近性効果が観察される(長期新近性効果)という研究結果が報告され、新近性効果の短期記憶説は1970年代後半から見直しを迫られることになりました。近年では短期記憶・長期記憶という貯蔵庫ではなく、検索プロセスを重視する理論が提出されています。
ミラーのマジカルナンバー7
記憶できる時間と容量に限界があるとされる短期記憶ですが、その容量はたとえば5-7-3-9-4…のようなランダムな数字の系列を読み上げ、それを順序どおりに再生させる記憶範囲検査によって測定することができます。記憶範囲には個人差・年齢差があることが知られており、記憶範囲検査は知的発達の指標として各種知能検査に組み込まれています。そして、記憶範囲は、成人の場合でも7±2程度にとどまることが知られています。ミラー(Miller,G.A)は、これを「不思議な数7±2」とよび、短期記憶において一度に処理できる最大の情報量であるとしました。ただし、その単位は意味のある情報のまとまり(チャンク)であって、再符号化によって大きな情報のまとまりを構成すれば、保持される情報量は増大することになります。
バッドリーの作業記憶
短期記憶は、情報の貯蔵機能という観点から検討されていますが、私たちは会話や読書、計算など貯蔵した情報をもとに作業をおこなうことがあります。そういった情報の処理機能を重視し、短期記憶の概念を発展させたものを作動記憶(作業記憶)といいます。
バッドリー(Baddeley,A.D.)は言語的情報の処理のための音韻ループと、視覚的・空間的情報処理のための視空間スケッチ帳、およびこれら二つの下位システムを制御する中央制御部から構成されている作動記憶のモデルを提出しました。
音韻ループとは言語的リハーサル・ループであり、たとえば電話帳で調べた番号をプッシュし終わるまで口で唱える場合などに機能します。これに対し、視空間スケッチ帳は内なる目に相当するもので、野球選手がバッター・ボックスで投手のピッチング・フォームを思い浮かべてタイミングを計ったりする場合などに機能します。
関連問題
参考文献
- Atkinson,R.C・Shiffrin,R.M 1968 Human Memory: A Proposed System and its Control Processes. Psychology of Learning and Motivation(2), p.89-195
- 三宅昌・齊藤智 2001 作動記憶研究の現状と展開 心理学研究72(4) p.336-350
- 無藤隆・森敏昭・遠藤由美・玉瀬耕治 2018 心理学新版 有斐閣
- 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田裕司(編) 1999 心理学辞典 有斐閣