知覚

知覚

知覚の成立

 私たちの周りには、刺激があふれています。しかし、そのすべての刺激を無条件で感じることはできません。私たちは、外界の刺激を感覚器官を通して受け取っています。光エネルギーは眼に、音エネルギーは耳によって感受され、視覚や聴覚の体験が生まれるのです。視覚や聴覚、味覚、嗅覚などの感覚の種類のことを感覚モダリティと言います。
 それぞれの感覚器官が受け取る刺激の種類は決まっており、眼にとっての光や耳にとっての音といった、その感覚器官に適した刺激を適刺激と言います。一方で、眼にとっての音エネルギーや熱エネルギーといった、その感覚器官に適していない刺激を不適刺激といいます。一般的に不適刺激を感じることはできませんが、中には音楽を聴くと色が見えるような人もおり、人によっては、ある感覚刺激を本来の感覚以外に別の感覚としても知覚できることが知られています。そういった能力は共感覚と呼ばれています。

 一般的にはそれぞれの感覚器官が受け取ることができる刺激の種類が決まっているわけですが、各感覚器官への適刺激が与えられさえすれば知覚は成立するかというとそうではありません。例えば、砂を一粒掌の上に乗せた場合、物理的には砂一粒分の重さが手の上に加えられているわけですが、その重さを認識することは難しいでしょう。また、同じ重さの米が入っている2つの袋のうち片方から米1粒を抜き取った場合、片方の袋から物理的には米一つ部分の重さが減ったわけですが、その違いを認識するといったことも難しいでしょう。このように刺激の物理量と、これに対応する感覚量は必ずしも同じではありません。私たちが外界の刺激を処理していく時、まずはその刺激を感じることからはじまります。

 刺激の検出が可能である場合と不可能である場合の境目を刺激閾といいます。特に、刺激自体の検出ができるかできないかの境目を絶対閾あるいは刺激閾といい、刺激の差異の検出が可能である場合と不可能な場合との境目を弁別閾、識別閾、差異閾、などいいます。また、閾に対応した刺激量を閾値とよびます。

 この閾は、心と身体の関係についての科学としてフェヒナー(Fechner,G.T.)が提唱した精神物理学において、重要な概念でした。

 感覚生理学者だったウェーバー(Weber,E.H.)は、ある重さのおもりと異なった重さのおもりと比較させて、その違いが分かる最小の値を測定し、弁別閾(⊿I)が、その時の刺激量(重りの重さ:I)に比例して変化するというウェーバーの法則を発見しました。
 定式化すると、⊿I/I=kあるいは、⊿I=kIとなります。これは、たとえばおもり100gと比べて103gがようやく弁別できたとすると、おもり200gの場合には206gのおもりになってようやくその違いが弁別できるということです。ここで、kは各感覚モダリティ、つまり感覚の種類に固有の定数でウェーバー比とよばれます。そして、少数で表されるウェーバー比は、その値が小さいほどわずかな差でも弁別できることを意味します。

 精神物理学を提唱したのフェヒナーは、感覚量を直接測定することはできないと考え、このウェーバー比を基に感覚量について研究し、感覚の大きさ(E)は刺激強度(I)の対数に比例するというウェーバーの法則を見出しました。
 E=logI+kであらわされるウェーバーの法則は、刺激強度が同じ比率で増える時、感覚の大きさは同じ差で変化していくことを意味します。つまり、感覚の大きさが1ステップ増すごとの刺激量の増量は一定の値をとるということです。例えば、感覚の大きさが1増えるために5の刺激量(対数)が必要だった場合、感覚の大きさが2、3、4と増えていくためには10、15、20と刺激量(対数)が増えていくことが必要ということです。
 しかし、今日では、その基礎となっているウェーバーの法則は、原刺激の刺激強度が極端に小さい場合や大きい場合には成立しないことが知られているため、このフェヒナーの法則自体も、同じ様に刺激強度の限定された範囲内でしか成立しないことが判明しています。

 フェヒナーは感覚量を直接測定することはできないとの考えから感覚量についての研究をおこないましたが、スティーヴンス(Stevens,S.S.)は自らが提唱したマグニチュード推定法を用いることによって、感覚量を直接測定することができると考えました。
 マグニチュード推定法では、推定に際して、基準となる刺激に対する評価を単位として、観察刺激をそれに対する比率として評価させ比尺度を構成します。たとえば、ある強度の光を標準刺激として与え、感じられる明るさに10という数値を割り当てたとします。次に別の強さの光を比較刺激として与えてその刺激を標準刺激の10と比べてどの程度に感じるかを数値で見積もらせます。比較刺激の明るさが半分だと思えば5、倍だと思えば20と報告するといった具合です。
 スティーヴンスは、このマグニチュード推定法をさまざまな種類の感覚に対して用いた測定の結果、感覚の大きさEと刺激強度Iとの間には、E=kln(kは定数)という関係が成り立つというスティーヴンスの法則を見出しました。指数nは、感覚の次元と刺激条件で異なり、例えば両耳で聞く音の大きさの場合0.6、コーヒーの香りの場合0.55などとなっています。つまり、横軸に刺激強度の対数をとり、縦軸にマグニチュード推定法によって得られた数値である感覚の大きさの対数をとってプロットすると、感覚の種類によらず、線形的な関数が得られるのです。

 こういった知覚の閾は、老化とともに変化していきます。例えば、聴力は加齢に伴って、高音域から漸次中音域、低音域に障害が及びます。

知覚の時間経過特性

 感覚器官に閾上の刺激が与えられると感覚が生まれますが、刺激が与えられてから感覚が生まれるまでにはわずかに時間がかかります。この刺激が与えられてから感覚が生じるまでの時間のことを、感覚化時間といいます。

 感覚が生じた後も、感覚器官が一定の刺激に持続的にさらされていると、感覚細胞の応答の変化が生じ、刺激閾が上昇して感覚機能の応答性が低下し、感覚の強度、性質、明瞭性が弱まり、顕著な場合には感覚が消失に至ります。これを順応といいます。真っ暗だった室内を急に強い光が照らした時や、近くで工事が始まり大きな音がしはじめた時など、はじめこそその強さに顔をしかめるようなことがあっても、次第に相対的に気にならなくなるといったことは誰もが経験したことがあるでしょう。

 そして、刺激がなくなったとしても、それと同時に感覚が消失するわけではありません。例えば自分の腕をもう片方の手で強く握ってから手を離した時、少しの間腕には握られていた感覚が残ったりします。感覚を生起させる物理的刺激が客観的に除去された後にも、しばらくは感覚的体験が持続する現象を、残留感覚と言います。

関連問題

●2020年-問9 ●2021年-問12問124,

参考文献

  • 松田隆夫 1995 視知覚 培風館
  • 無藤隆・森敏昭・遠藤由美・玉瀬耕治 2018 心理学新版 有斐閣
  • 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田裕司(編) 1999 心理学辞典 有斐閣