物質関連障害

物質関連障害

 19世紀に安価な工場生産の蒸留酒が出現すると精神病院はアルコール性認知症とせん妄の患者であふれ、アルコールの問題は社会問題となりました。その後、麻酔用ガスや麻薬系鎮痛剤の出現とともに、乱用可能な物質の数が増加していきました。
 そのような社会背景の中、1893年にはクレペリンが、精神医学教科書第4版にアルコール症を「中毒症」に分類しました。また、1896年の教科書第5版では、アルコール中毒に類似する精神疾患で急速に増加しているものとしてモルヒネへの嗜癖に言及しています。

 アルコールや物質乱用の医学的記述は多くありましたが、1952年のDSMの登場をもって、概念が整理されていきます。DSM-Ⅰでは、明らかな基礎障害は認められないままにすっかり嗜癖が形成されてしまっている症例として「アルコール症」が加えられ、アルコールに関する関心が中毒よりも嗜癖へ向けられるようになっていきます。一方、「薬物嗜癖」は、「社会病質的なパーソナリティ障害」の一側面として以上の記述はありませんでした。
 1862年のDSM-Ⅱで、アルコール症は、挿話性の過度の飲酒や、習慣性の過度の飲酒も含むようになっていきます。また、薬物嗜癖に関しては、「薬物依存」が公認されました。
 1980年のDSM-Ⅲから、「物質使用障害」が導入され、アルコールやたばこと他の薬物嗜癖がまとめられていきます。その後の改定で、カテゴリーの名前が変化していき、DSM-Ⅴでは「物質関連障害および嗜癖性障害群」とされ、アルコールやカフェイン、大麻、幻覚薬といった様々な物質に関連する障害が分類されました。

 現在乱用されうる薬物は多岐にわたり、これらの乱用により身体毒性や依存の形成などさまざまな問題が引き起こされます。薬物乱用とは、医療の必要からではない薬物の使用、または不当な量の使用のことです。薬物の使用は、中枢神経系への興奮や抑制といった効果が得られますが、時に中毒と呼ばれる、有毒物質によって生じた、生命現象に逆行する生体の障害をきたします。薬物の使用が繰り返されることで、耐性がつくようになります。耐性とは、同一量の薬物に対する反応の減弱、あるいは同じ薬理的効果を得るのに要する容量の増大をきたすことです。また、離脱症状と呼ばれる、薬物使用の中止により、薬物が体内から急速に消失することであらわれる一連の異常兆候がみられるようになります。この、薬物の中止や原料によっておこる離脱症状が生じる状態によって、身体依存が判断されます。こういった、生体と薬物の相互作用の結果生じた薬物の効果を体験したいためや、離脱による不快を避けるため、持続的周期的に用いたいという一種の衝動を常に伴う行為や反応が薬物依存です。

アルコール依存症

 アルコール依存症は、うつ病や不安障害、睡眠障害、摂食障害と合併しやすいとされています(独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター 教育研修部 テキスト作成委員会 2014)。また、多量の飲酒は自殺の危険度を高めるともいわれており、アルコール依存症の障害自殺率は、7%とされています(松下・樋口 2009による)。 DSM-Ⅴでは、大量かつ長期間にわたっていたアルコール使用を中止することで、自律神経系過活動、手指振戦の増加、不眠、嘔気または嘔吐、一過性の幻覚または錯覚、精神運動焦燥、不安や全般性強直間代発作(全身のけいれん発作)といった離脱症状があらわれるとされています。

 アルコールの離脱症状は、断酒後数時間から20時間頃にピークになる早期症状群と、断酒後2-3日頃にピークになる後期症状群とに分けることができます。
 早期には、最終飲酒から4-8時間で嘔吐、発汗、不眠などの自律神経症状や、不安、焦燥が出現します。そして、12-48時間で手指振戦、幻視や幻覚が出現します。幻視では小動物視や小人幻視などがあります。
 後期では、最終飲酒から48-96時間で、見当識障害や幻視・幻覚が伴うせん妄が出現します。手指や全身に振戦を伴うことが多いので、振戦せん妄と呼ばれ、その人の職業に就業中の言動をみせる職業せん妄なども見られます。

 長期間の病的飲酒パターンに伴う脳障害のために、飲酒をやめれば回復するはずの脳機能が回復しない場合があります。それらはウェルニッケ-コルサコフ症候群や、葉酸欠乏脳症などで、振戦せん妄に続いて顕在化することがあります。

関連問題

●2020年-問93問132 ●2021年-問27問126

引用・参考文献

  • 独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター 教育研修部 テキスト作成委員会 2014 Alcoholism Rehabilitation Program 勉強会テキスト
  • 松下幸生・樋口進 2009 アルコール関連障害と自殺 精神神経学雑誌111(10) 1191-1202
  • 児玉拓・氏家寛 2002 薬物依存 日野原重明・井村裕夫(監修) 看護のための最新医学講座12 精神疾患 中山書店 256-266
  • 小宮山徳太郎 2002 アルコール依存症 日野原重明・井村裕夫(監修) 看護のための最新医学講座12 精神疾患 中山書店 240-256
  • Shorter,E. 2005 A HISTORICAL DICTIONARY OF PSYCHIATRY Oxford University Press 江口重幸・大前晋(監訳) 2016 精神医学歴史事典 みすず書房
  • 高橋三郎・大野裕 2014 DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引き 医学書院