自閉症スペクトラム障害

自閉症スペクトラム障害

 自閉症の歴史は、1943年にアメリカでカナー(Kanner,L.)が一群の独特な特徴を示す子どもたちの症例を報告し、統合失調症の再早期の発病形態の可能性を示唆したところから始まったとされます。

  • 人生初期からの極端な自閉的孤立
  • コミュニケーションの目的で言語を用いることができない
  • 物事をいつまでも同じままにしておこうとする強迫的な欲求
  • 物に対する没入や物を扱う巧緻な能力
  • 良好な(潜在的)認識能力
  • 非器質障害

 カナーは上記のような症例を発表し、翌年、早期幼児自閉症と呼ぶことを提唱しました。

 カナーの報告を受けて、自閉症は統合失調症に近隣の障害であるという見解が検討されていきました。そして、統合失調症を、個人の病理でなく個人を取り巻く社会的、文化的状況の関数としてとらえようとする発想の影響を受け、自閉症に対しても心因(環境因)論による理解が中心となっていきます。そのため、不安や恐れを取り除き、安心できる場を与えることで人間世界との相互交流が開かれることが期待されていました。
 しかし、この観点からのアプローチは功を奏さず、また自閉症児におけるてんかん発作が注目されるようになった事などから、自閉症は脳の何らかの器質障害に基づくものである可能性が考えられるようになりました。1968年には、ラター(Rutter,M.)が、カナーの考えを踏まえつつも、自閉症が非器質性障害であるという見解を捨て、発達の障害であるとの見解を提出しました。

 そして、1980年のアメリカ精神医学界の診断基準DSM-Ⅲでは「広汎性発達障害」の下位分類として、「小児自閉症」が入りました。

 1981年にはイギリスのウィング(Wing,L.G.)が、1944年にアスペルガー(Asperger,H.)によって報告されていた症例の特徴を多く示す小児群を「アスペルガー症候群」と名づけました。ウィーンのアスペルガーは、前年に報告されたカナーの業績を知らないまま、カナーの症例に似た症例を報告し、自閉的精神病質と呼んでいたのでした。その特徴は、

  • 眼差しが物や人に向かわず、注意の喚起と生き生きとした接触を示すことがない。
  • 不自然な調子で、滑稽で嘲笑を誘うような言葉がある。
  • 独特の思考と体験様式があり、大人から学ぶことができず、自己流で、関心は狭い視野または小さな断片に限られている。
  • 非常に不器用で、日常生活の基本的習慣が覚えられず、固く滑らかでない運動で、身体図式を持ち合わせいないようにみえ、自分勝手な行動のために集団適応が困難となる。
  • 欲動と感情の起伏に異常な推移があり、人格に調和的に織り込まれておらず、過敏と鈍感が表裏になっている。

といったものでした。アスペルガーはこれらの特徴が2歳ごろから出現し、一生を通して認められること、ただし、精神分裂病でみられる活発な内的異常体験と進行性の人格解体のないことを強調していました。

 ウィングがアスペルガーの症例を引き合いに出し、自閉症の基準を部分的に満たすものの言語障害が軽微なグループをアスペルガー症候群として取り上げたことで、アスペルガーが自閉的精神病質として記述した病態が再度脚光を浴びることになります。一方で、カナーの症例をもとに、自閉症とされた子ども達のうち知的に遅れのない子ども達は、高機能自閉症とされていきました。

 このように自閉症をめぐってその連続性が明らかなり、自閉症はスペクトラムとしてとらえられるようになっていきます。そして、アスペルガー症候群を含む1つの障害単位と考えられるようになりました。

 DSM-Ⅴでは、自閉症スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害として、神経発達症群/神経発達障害群の下位分類に位置付けられています。診断基準には、相互の対人的-情緒的関係の欠落と、非言語コミュニケーション行動をとることの欠落、人間関係を発展させ、維持し理解することの欠落といった社会的コミュニケーションの持続的欠落があること、常道的反復的な身体運動、同一性への固執や感覚刺激に対する過敏さといった限局された反復的な行動などがあげられています。

 自閉症スペクトラム症の特性を理解するための理論にはいくつかのものがあり、実行機能に困難があるためにASD特性が生じるとする実行機能理論や、情報を意味のある全体にまとめ上げようとする動因が低い結果として細部に過度に着目するとした弱い中枢性統合(全体的統合)理論などが知られています(藤岡 2017)。

関連問題

●2018年-問91 ●2019年-問15問91

参考文献

  • 藤岡徹 2017 自閉スペクトラム症の認知機能 ―ASD特性を説明する理論にそって― LD 研究26 (4)474-483
  • 松下正明(総編) 1998 臨床精神医学講座 第11巻 児童青年期精神障害 中山書店
  • 小野次朗(他・編)2010 よくわかる発達障害[第2版] ミネルヴァ書房
  • Shorter,E. 2005 A HISTORICAL DICTIONARY OF PSYCHIATRY Oxford University Press 江口重幸・大前晋(監訳) 2016 精神医学歴史事典 みすず書房
  • 髙橋三郎(他監訳) 2014 DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引き 医学書院
  • 氏原寛(他・編) 1992 心理臨床大事典 培風館