感情障害

感情障害

 うつや躁といった感情の状態の記述は、メランコリー(melancholia)やマニー(mania)として古代ギリシアにまでさかのぼって見ることができるといわれます。ただし、その意味や示す範囲は現在のものとは異なっていました。19世紀初め頃までマニーとは、気分や感情の高揚を主体とする状態ではなく、精神運動興奮や幻覚妄想状態を指していました。同様にメランコリーも今日の抑うつ状態を意味する用語ではありませんでした。

 これらが、Falret.J.P とBlillarger,J により、1850年代に今日のような気分障害の概念へ再定義されました。Falret.J.Pは、1851年に、さまざまな長さをもったうつ病相、躁病相、無症状期の連続した循環によって特徴づけられる病態を発表し、循環精神病としました。また、1854年には、Blillarger,Jが、重複型精神病を提唱しました。こちらは、マニアとメランコリアの間で相互に転換する一疾病を仮定しただけで、中間期を重視していないものの、いずれの概念も現代の双極性障害の原型であるとされています。1863年には、Kahlbaum, K.LがFalret.J.Pを支持し、循環精神障害を定型精神病(vesania typica)の異型と位置づけました。さらにKahlbaum, K.Lは、1882年には、循環精神障害を精神機能全体が冒される循環定型精神病(Vesania typical circularis)と、障害が感情面に限定された部分的精神障害に分けました。その結果、後者が感情疾患として独立するようになります。この部分的精神病に組み入れられていたもののうちの、気分循環症は、現代の双極性障害に極めて近いものであるとされます。

 このような流れの中で、Kreapelin, Eは1883年、精神医学ハンドブックにおいて、抑うつ状態(Depressionszustande)、興奮状態(Aufregungszustande)などとともに、周期性精神病(Periodische Psychosen)を記述しました。周期性精神病は、「病間期の正常ではない基盤の上に、ある特定の病的な症状群が周期性に発生するもの」と定義され、その下位群に周期性マニー(Mania periodica)、周期性メランコリー(Melancholia periodica)、循環精神病(Cirkulares Irresein)などが置かれました。そして、版を重ねていく中で分類は見直されていき、第6版では躁うつ病(Manisch-depressives Irresein)が提唱されます。そして、第8版では、躁うつ病が、内因性精神病に位置づけられます。Kreapelin,E.の教科書第8版は、4巻で構成されており、1巻が総論、2巻が器質性精神病、3巻が内因性精神病、4巻が心因性精神病に相当しています。そのうち、第3巻に、早発痴呆とパラフレニ-を下位分類に持つ内因性鈍化、てんかん性精神病、躁うつ病が分類されています。ただし、この躁うつ病の概念は広く、そこには単極性のうつ病や双極性障害を含むほとんどの気分障害が含まれていました。

 その後、Kreapelin, Eの分類をめぐって様々な議論がなされます。1957年には、Leonhard,Kが単極と双極を区別し、極性に基づいて躁うつ病を純粋メランコリアや純粋うつ病から分離しました(阿部2011)。躁うつ病と単極-双極の組み合わせを考えると、単極躁病、単極うつ病、双極(躁うつ)が想定されますが、Angst,J.は、長期追跡によって単極躁病はうつ病相を呈することが多く、双極性障害と類似した家族集積性を示すことから、双極性障害に含めるのが妥当だとしました。こういった動きの背景にはLithium治療の普及があります。このような単極-双極の指摘があったものの、公的な診断基準では、1978年に出版されたICD-9においても、今日の単極性うつ病のかなりの部分も躁うつ病の抑うつ型とされていました。双極性障害と大うつ病とが明確に区別されて操作的診断に登場するのは、1980年のDSM-Ⅲからです。

(阿部2011、黒木 2017、古茶 2005、中山・小高 2006)

 DSM-5では、DSM-Ⅳの気分障害の大カテゴリーが解体され、双極性障害および関連障害群と、抑うつ障害群がそれぞれ独立しました(黒木 2017)。DSM-5の双極性障害および関連障害群には、双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害、気分循環性障害などが分類されています。一方で、抑うつ障害群には、重篤気分調節症、うつ病/大うつ病性障害、持続性抑うつ障害(気分変調症)、月経前不快気分障害などが分類されています(American Psychiatric Association 2013)。

抑うつ性障害

 抑うつ性障害のうち、DSM-5で定義されるうつ病の症状は、抑うつ気分と興味または喜びの喪失が特徴です(American Psychiatric Association 2013)。

 うつ状態がひどくなると、自身に対する無価値観が極端になり、妄想が出現することもあります。うつに特徴的な妄想は、何を考えても悪い方にしか考えられず、自分は今まで何の役にも立ったことがないダメな人間だとしか思えなくなる微小念慮が強くなったもので、微小妄想と呼ばれます。微小妄想には、「お金がない」、「借金がある」といった貧困妄想、「癌にかかって死期が近づいている」といった心気妄想、実際は大したことでもないことで大きな罪を犯したと信じ込む罪責妄想などがあります(加藤 2002)。

 抑うつ的な気分や躁的な気分は、周産期に発症することもあります。宇野・尾崎(2013)によれば、産後の精神医学的な問題は、マタニティブルーズ、産後うつ病、産後精神病性障害に分けられます。
 産後うつ病は、出産後に発生するうつ病をいいます(吉田 2003)。DSM-5ではうつ病の一亜型として位置づけられています(宇野・尾崎 2013)。DSM-5では、抑うつ障害群、および、双極性障害および関連障害群における特定用語の一つとして、「周産期発症」が用意されており、気分症状が妊娠中または出産後4週間以内に生じたものに適用できます(American Psychiatric Association 2013)。有病率は、国内、海外ともに10-15%程度とされており、症状や治療は基本的にうつ病に準じます。ただし、産後はうつ病のみでなく、双極性障害も発症しやすいと言われており、正常でみられる軽躁状態ともあわせて、鑑別が重要とされます。産後うつ病のスクリーニングとしては、エジンバラ産後うつ病スクリーニング尺度(Edinburgh Postnatal Depression Scale : EPDS)を妊娠経過中、産後に縦断的に用いることができ、早期発見につなげていくことができます(宇野・尾崎 2013)。
 産後精神病性障害は、子どもに関する妄想や、出産に関連した幻覚、混乱や易怒性が見られます。分娩後2週目前後をピークに急激に発症する場合が多いとされ、有病率は、1,000の出産に対して1名程度とみられています(宇野・尾崎 2013)。DSM-5では「産後の気分エピソード、精神病性の特徴を伴う」として言及されます(American Psychiatric Association 2013)。
 マタニティブルーズは、うつ病の診断基準は満たさないものの、出産直後より気分の不安定な状態がしばらく出没するものです(吉田 2003)。産後数日した頃から生じる気分の波、軽度の高揚、易怒性、涙もろさ、疲労感、混乱・困惑などが見られます。一般に分娩後5日目あたりが症状のピークで、2週間以内には自然軽快するとされており、有病率は、海外で30-75%、国内で15-35%程度とみられています(宇野・尾崎 2013)。

 うつ病の薬物療法には、抗うつ薬を主として用います。抗うつ薬はその化学構造から第一世代の三環系抗うつ薬や、第二世代の四環系抗うつ薬などの環系うつ薬と、その他の非環形うつ薬に分類されてきました。1990年代後半以降には、作用機序に基づいて開発が進められてきた選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)が使用可能となり、第三世代の抗うつ薬として位置づけられています(稲田 2003)。

 軽症~中症のうつ病に対しては、短期精神療法は単独で薬物と同等の効果を有しているとされます。特に認知行動療法と、対人関係療法においてはエビデンスの裏づけがあります(藤澤・大野 2003)。

双極性障害

 双極性障害は、異常かつ持続的に気分が高揚したり活動が亢進したりするいわゆる躁的な状態が特徴です。DSM-5の双極Ⅰ型障害では、躁病エピソードが、双極性2型障害では軽躁病エピソードと抑うつエピソードが、少なくとも見られる必要があります(American Psychiatric Association 2013)。

 双極性障害における躁状態では、誇大性や睡眠欲求の減少などが見られます。また、誇大性が高じると誇大妄想にも発展することも少なくありません。双極性障害におけるうつ状態での症状はうつ病とほぼ同様です(加藤 2002)。

 多田ら(2017)によれば、双極性障害患者の2/3の初発病相はうつ病相であり、双極Ⅱ型障害で、全病相期におけるうつ病相の割合は93%とされます。これと関連して、DSM-5では、躁病エピソードを中心とする双極性Ⅰ型と、軽躁病エピソードと抑うつエピソードが見られる双極Ⅱ型障害に分類されています。これらにおいて、躁病エピソードは少なくとも1週間、軽躁病エピソードは少なくとも4日間、抑うつエピソードは2週間という期間が想定されています(American Psychiatric Association 2013)。
 加えて、自殺の危険も高く、幸村ら(2011)によれば、重度の自殺企図の既往のある患者は、双極Ⅰ型障害で33%、Ⅱ型で27%、大うつ病性障害で13%認められています。

 双極性障害の原因は、遺伝的な体質により、セロトニンなどの神経伝達物質に対する過感受性があり、そのために、これらの神経伝達が不安定になることだと考えられています(加藤 2002 )。岩田(2006)は、遺伝要因の強さについては、ほぼ確立されたものと考えてよく遺伝率80%は複雑一般疾患の中でも最も高い(遺伝要因が強い)ものの1つであるとしています。

 双極性障害の薬物療法では、病相期および維持期において、気分安定薬(炭酸リチウム)が第一選択薬となります。最近ではクエチアピンやオランザピンといった新規抗精神病薬の有効性も報告されています(幸村ら 2011)。うつ状態となった場合にも、重症でなければ炭酸リチウムの投与を続けながら経過を観察します。それでも改善しない場合はそこに抗うつ薬を加えます。もしも妄想などの精神病症状を伴う場合には、通常最初から抗精神病薬を併用します。双極性障害とわかっている患者に対して、抗うつ薬を単剤で投与することは基本的には避けます(加藤 2002)。

関連問題

●2022年-問31 ●2021年-問19問121 ●2020年-問92問105 ●2019年-問57問101 ●2018年-問102

参考文献

  • 阿部隆明 2011 双極性障害の概念:近代概念の成立からバイポーラースペクトラムまで 臨床精神医学40(3).241-249
  • American Psychiatric Association 2013 Desk reference to the diagnostic criteria from DSM-5 髙橋三郎、大野裕(監訳)2014 DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引 医学書院
  • 藤澤大介・大野裕 2003 精神療法 鹿島晴雄・宮岡等(編) よくわかる うつ病のすべて-早期発見から治療まで- pp.91-106 永井書店
  • 稲田俊也 2003 抗うつ薬療法 鹿島晴雄・宮岡等(編) よくわかる うつ病のすべて-早期発見から治療まで- pp.55-73 永井書店
  • 岩田仲生 2006 双極性障害の分子遺伝学 臨床精神医学35(10). 1439-1442
  • 加藤忠史 2002 うつ病と双極性障害 日野原重明・井村裕夫(監修) 看護のための最新医学講座 12 精神疾患 pp.285-303 中山書店
  • 古茶大樹 2005 クレペリンと躁うつ病概念 臨床精神医学34(5).543-549.
  • 黒木俊秀 2017 双極Ⅱ型障害の概念史とその背景 臨床精神医学46(3).245-251.
  • 中山和彦・小高文聰 2006 双極性障害100年の歴史を振り返る―双極性障害、非定型精神病、統合失調症― 臨床精神医学35(10).1391-1394
  • 清水邦夫・野村総一郎 2003 概念・分類 鹿島晴雄・宮岡等(編) よくわかる うつ病のすべて-早期発見から治療まで- pp.1-14 永井書店
  • 多田光宏・齋藤篤之・仁王進太郎 2017 双極Ⅱ型障害における診断の実際 臨床精神医学46(3) 253-258.
  • 宇野洋太・尾崎紀夫 2013 産後うつ病を亜型分類とする意味 臨床精神医学42(7).857-864.
  • 吉田芳子 2003 産褥・性周期・更年期とうつ状態 鹿島晴雄・宮岡等(編) よくわかる うつ病のすべて-早期発見から治療まで- pp.283-291 永井書店
  • 幸村州洋・岩本邦弘・尾崎紀夫 2011 双極性障害の薬物療法update 臨床精神医学40(3) 317-326