高次脳機能障害

高次脳機能障害

 高次脳機能障害とは、脳血管障害や変性疾患、頭部外傷などにより、失語、失行、失認、記憶障害、注意障害をきたしている状態をいいます(医療情報科学研究所 2011)。
 主として連合野皮質によって営まれる機能は、高次脳機能といわれます。高次脳機能には、言語、行為、認知、記憶、それらを制御し統合するより高次の機能である遂行機能(注意、計画、判断)などがあります。高次脳機能障害はこれらに障害が生じた状態です。

失語

 失語とは、大脳半球の言語野の損傷によって言語機能が障害を受け諸種の言語活動が困難になった状態をいいます(中島他 1999)。
 失語症の研究は、脳のある部分がある特別な心の働きと密接に関係しているとするガル(Gall,F.)の骨相学にさかのぼることができます。この考えを検討する流れから1861年にブローカ(Broca,P.)によってなされた症例報告が一つの契機とされています。ブローカの症例報告のうち1例は、脳軟化のために言語了解は良好であるものの、「tan,tan」としか発語できない状態になりその後、知能低下をきたし死亡しました。そして、剖検脳の肉眼検索によって、左半球前頭葉の下前頭回脚部(現在のブローカ野)が構音言語を司っているとされました。1874年には、ウェルニッケ(Wernicke,C.)がブローカの発見した失語とは異なるタイプの失語を発見し、言語関連する中枢として、運動言語中枢と聴覚言語中枢を別々に想定しました。そして、運動言語中枢は左前頭葉下前頭回にあり、この損傷によって発話の障害を中心とする運動失語が生じ、また聴覚言語中枢は左側頭葉上側頭回にあり、この損傷によって了解障害を中心とする感覚失語が生じるとし、さらに、この2つの中枢を直接に連結する連合繊維の損傷によって、復唱障害を主とする伝導失語が発生するとしました。その後、リヒトハイム(Lichtheim,L.)による追加研究を踏まえて、失語図式がつくられました。この図式には「概念中枢」が想定されていますが、これは脳の特定の部位と同定されるものではなく、また解剖学的な根拠にも乏しいものですが、失語症の病態を理解するうえで有効な図式とされています。

 失語は、「流暢さ」、「言語理解」、「復唱」などの項目で鑑別されます。各々の疾患の特徴は以下の通りです。

失読・失書

 視覚は健常だが後天的脳病変により読字あるいは書字言語の理解が障害された状態を失読、後天的な脳病変が原因で書字ができない状態を失書といいます(中島他 1999)。病型には、失読と失書が比較的独立して生じるものと、併存するものがあります。
 純粋失読とは、明らかな読みの障害を示すが、対照的に書字能力は良好に保たれ、他の言語症状としては軽い喚語困難を伴うことがあるのみのものです。読めない文字でも、字画をなぞることによって読めることが多く、「なぞり読み」と呼ばれます。一次視覚野を含む左後頭葉内側面と脳梁の損傷の組み合わせで起きることが多いとされます。
 純粋失書とは、失書が独立して起こるか、他の高次脳機能障害を伴っていても、それによって書字障害を説明できないものをいいます。写字は、一般的に自発書字や書き取りよりは良好とされます。左頭頂小葉から頭頂間溝周囲の病巣で生じることが多いとされます。
 失読失書とは、失読と失書が1つの病巣によって同時に生じたものをいいます(石合 2003)。

失行

 失行の概念はその大部分をリープマン(Liepmann,H.)の業績に負っており、リープマンによると運動執行器官に異常がないのに、目的に沿って運動を遂行できない状態とされます(山鳥 1985)。
 日常用品を一つの目標を達成するために操作することができなくなる観念失行、道具と使用行為や道具とその作用対象の誤った関連づけがなされる概念失行、自発的にできても口頭指示による運動ができない観念運動性失行のほか、主に手と指による行為の遂行がつたなくなる肢節運動失行などがあります。

失認

 失認とは、ある感覚を介する対象認知の障害です。感覚様相に応じて、視覚失認、聴覚失認、触覚失認、身体失認が区別されます(中島他 1999)。①特定のモダリティに関わり、②要素的感覚障害、一般的精神症状、言語障害のいずれによっても説明されず、③脳の局所的病変に起因するという3つの要因で規定されます。例えば、視覚失認の場合、視覚能力は保たれているのに、対象の視覚認知ができなくなります。

記憶障害

 記憶障害は、記憶の3段階である、記銘、保持、想起のいずれかが障害され、新しいことが覚えられなくなったり、思い出せなくなったりした状態です(医療情報科学研究所 2011)。
 エピソード記憶の障害、短期記憶障害、意味記憶障害などに分類できます。発症時点よりも新しい情報の記憶障害を前向性健忘(記名障害)といい、発症時点よりも前の情報の記憶障害を逆行性健忘(想起障害)といいます。
 記憶障害のリハビリテーションとして最も有効性が期待される代償手段手段は、外的補助具の利用です。例えば、アラーム時計と日課の提示やメモ帳の利用などがそれにあたります。

遂行機能障害

 遂行機能の障害は、自ら目標を定め、計画性を持ち、必要な方略を適宜用い、同時進行で起こる様々な出来事を処理し、自己と周囲の関係に配慮し、長期的な展望で、持続性を持って、行動することが難しくなるものです。遂行機能は単一の機能ではなく、目標に到達するための認知的機能の柔軟性、必要な情報と反応を選択する集中力ないしは選択的注意、自ら方略を見出し柔軟な思考で多くの要素を見出す発散的思考ないしは流動性などの代表的な機能のほか、明確な概念となっていないものも多数あると考えられます(石合 2003)。

関連問題

●2022年-問12 ●2021年-問10 ●2019年-問41問84

引用・参考文献

  • 濱中淑彦(監修) 1999 失語症臨床ハンドブック 金剛出版
  • 医療情報科学研究所 2011 病気がみえる vol.7 脳・神経 メディックメディア
  • 石川裕治(編) 2000 言語聴覚療法シリーズ4 失語症 建帛社
  • 石合純夫 2003 高次脳機能障害学 医歯薬出版株式会社
  • 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田裕司(編) 1999 心理学辞典 有斐閣
  • 山鳥重 1985 神経心理学入門 医学書院