摂食障害
心因性の理由で摂食を拒否する若年女性の報告は古くからありましたが、医学的に記載したのはMorton,R.が最初とされます。Morton,R.は1689年に「消耗病」として言及しました。その後、1873年にはErnest-Charles Lasègueが「ヒステリー性食思不振症」として、1874年にはGull,W.W.が「神経性無食欲症(Anorexia Nervosa : AN)」としてそれぞれ独自に症例を報告し、Gull,W.W.の命名した用語が汎用されるようになっていきました。
一方で、過食の記述も古代までさかのぼることができますが、症候群として最初に記述したのはRussell G.F.Mとされます。Russell G.F.Mは、1979年に、自己制御できない過食の衝動や、過食後の自己誘発性嘔吐または下剤の使用、肥満に対して病的恐怖を示すような患者の一群を「神経性過食症(Bulimia Nervosa : BN)」としました。
当初BNはANの予後不良型と考えられていましたが、「過食症(bulimia)」とされた1980年のDSM-Ⅲでは、病的な食欲制御不能として、身体像の障害として考えられていたANと区別されました。しかし、1987年のDSM-Ⅲ-TRで過食症がBNと改められた後、1994年のDSM-Ⅳでは、摂食障害としてANとBNがまとめられました。
DSM-5では、食行動障害および摂食障害群として、異食症、反芻症/反芻性障害、回避・制限性食物摂取症/回避・制限性食物摂取障害、過食性障害とともに、神経性やせ症/神経性無食欲症(AN)、神経性過食症/神経性大食症(BN)が分類されています。
ANの重症度は、成人はBMI(Body Mass Index)に、子どもや成人はBMIパーセント値に基づいて特定されます。世界保健機関の成人のやせの分類では、BMIが17/kg/m2以上で軽度、16-16.99kg/m2で中等度、15-15.99で重度、15kg/m2以下で最重度とされます。
ANやBNの含まれる食行動障害および摂食障害群のうち、回避・制限性食物摂取症/回避・制限性食物摂取障害は、摂食または栄養摂取の障害で、適切な栄養や体力的要求が持続的に満たされないことで表されます。摂食または栄養摂取の障害とは、例えば、食べることや食物への明らかな無関心や食物の感覚的特徴に基づく回避などです。また、過食性障害は、BNのように反復する過食エピソードによって特徴づけられますが、自己誘発性嘔吐などの体重の増加を防ぐための反復する不適切な代償行動がみられないものです(American Psychiatric Association 2013)。
摂食障害の病因については、生物心理社会的要因の相互作用によるものと考えられています。それはすなわち、ストレス、やせ願望、思春期の自立葛藤などの社会的・心理的要因によって摂食量が低下すると、摂食障害に対する身体的素因を有する人の中枢性摂食調節機構に異常が生じ、摂食行動が障害されます。さらにやせや栄養障害によって生理的・精神的変化が生じ、これがさらに摂食行動の中枢性摂食機構に悪影響を及ぼすといった悪循環に陥り、摂食障害の病態が形成されると考えられています(切池 2002)。また、生物的要因と関連して、遺伝要因が関与していることが知られています(安藤・小牧 2009)。
疫学は、ANについて、欧米諸国では平均0.13%、日本ではこれを少し下回ると考えらています。またBNは欧米諸国の平均も日本でも約1%と考えられています(切池 2002)。
摂食障害の症状は、精神症状、身体症状、行動異常など多岐に見られます。精神症状としては、AN、BNともに痩せ願望や肥満恐怖が必発し、抑うつや不安、強迫症状しばしばみられます。また、身体症状としてANで徐脈や月経異常が認められますが、正常体重のBN患者においても無月経や希発月経がしばしばみられます。その他、特にANでは、低体重でやせていても、他者が認めているほど自分ではやせていると思っていなかったり、身体の一部が異常に太っていると思ったりするような身体増像の障害が典型的に認められます。また、ANでは、自らやせを希望しているため、やせている状態を病気と認識しておらず、病識が欠如していることが多いとされます(切池 2002)。
また、予後については、ANは様々で、死亡率は4-20%とされ、死因の過半数を合併症によるものが占めます。一方でBNは慢性化しやすいといわれており、死亡率は約0.3%とされています(切池 2002)。
摂食障害の治療は、まず患者に治療に対する動機づけを行い、治療に導入します。特にAN患者の多くは、強制的に受診させられる場合が多い事もあり、最初は反抗、すね、ひねくれなどを示すとされます。そこで、精神療法の初期には症状について深く追及せず、患者の語ることを共感的理解を示しながら全面的に受容していく必要があるとされます(切池 2002)。
石川・田村(2014)は、摂食障害の生物学的な研究は多角的におこなわれているものの、治療に結び付く研究成果が得られているとはいえないとします。また、そのような状況で、近年では精神療法に対するRCT研究の発表が増え、エビデンスが低いとされてきたANにおいても治療効果のエビデンスが改善したとはされるものの、論文の成果の追検証が困難な場合も少なくなく、それらがどの程度一般臨床に効果を発揮しているのかははっきりしていないとしています。
関連問題
●2022年-問30 ●2020年-問104 ●2018年(追加試験)-問27 ●2018年-問101
引用・参考文献
- American Psychiatric Association 2013 Desk reference to the diagnostic criteria from DSM-5 髙橋三郎、大野裕(監訳)2014 DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引 医学書院
- 安藤哲也 小牧元 2009 摂食障害の遺伝子研究-候補 遺伝子法から全ゲノム相関解析へ- 心身医49(1)47-56
- 石川敏男 田村奈穂 2014 総説 摂食障害の治療・研究の最近動向について 心身医学54 122-127
- 切池信夫 2002 摂食障害 日野原重明・井村裕夫(監修) 看護のための最新医学講座12 精神疾患 pp.196-208 中山書店
- Shorter,E. 2005 A HISTORICAL DICTIONARY OF PSYCHIATRY Oxford University Press 江口重幸・大前晋(監訳) 2016 精神医学歴史事典 みすず書房