精神分析療法

 精神分析療法は、フロイト(Freud,S.)によって創始された、寝椅子を用いた自由連想において生じる転移と抵抗を足掛かりとして無意識を扱い、分析家-被分析者関係をもって自己洞察をうながす心理療法です。フロイトは、臨床経験を通して精神分析的な治療を見出していきました。フロイトは当初留学の経験をもとに、催眠暗示法を主として用いてヒステリーの治療をおこなっていましたが、治療法はその後、患者が病因となった外傷的な出来事を想起し、再体験し、情動が解放されることによって治療効果が得られるとする催眠浄化法、額を圧迫する前額法、そして自由連想法へと推移していくことになります。

 精神分析療法では、被分析者は寝椅子に横になります。そして、分析家はその背後に座って、頭に浮かぶすべてのことを批判・選択することなしにそのまま言葉にしていくように伝えます。この方法を自由連想法と呼びますが、被分析者は自由連想法にのっとって、頭に浮かんだすべてを言葉にしていかなければなりません。その一方で被分析者は、耐え難い不安や苦痛、罪悪感、恥などが意識へのぼらないように抵抗するようにもなります。精神内界の安定を保つことを目的とした抵抗は防衛と呼ばれます。

このような設定では、次第にこれまで社会生活で人に対してあまりはっきり意識していなかったような願望や要求、不満やひがみといった、子どもっぽい気持ちが現われてくることになります。被分析者は、分析家から治療してもらいたいという期待を抱きつつ、自由連想をおこなうわけですが、分析家は話に耳を傾けてくれるものの、期待に沿うような忠告や説明、解決などをしてくれるわけではありません。こういった状況において欲求不満が積もっていくと、自由連想をおこなうという当初の目的から、分析家に対する関心や気持ちの動きへとエネルギーをどんどん割くようになっていきます。相手に称賛してもらいたいといった思いや、憤りが生じてくるようになるのです。こういった変化は治療的退行と呼ばれます。治療的退行が生じる中で、転移と呼ばれる早期の父親や母親といった重要な人物にまつわる関係性が展開していきます。このように行為としてあらわれる無意識を、分析家-被分析家関係の中で解釈し、情緒的な気づきを伴って意識化していくプロセスが精神分析療法です。

 精神分析過程は、分析家の無意識へも影響します。分析家側から被分析者への転移を逆転移と呼びます。分析家側から被分析者への転移に限らず、被分析者への感情や態度全般を呼ぶこともあります。この逆転移は、面接室内の状況を理解するための豊かな土壌となる場合もありますが、治療者の患者に対する防衛として働き治療の妨害となる場合もあります。特に後者の場合には、治療者はそれを認識して乗り越える必要があるとされます。

 精神分析療法は、週4回以上、1回45-50分の面接がなされるものに限られ、週2-3回以下のものは精神分析療法とは異なり、精神分析的精神療法と呼ばれます。また、精神分析的精神療法とほぼ同義のものとして、力動的精神療法という用語が用いられることもあります。精神分析的精神療法は、精神分析療法の治療理論と基本原則を修正・応用した精神療法です。精神分析的精神療法は、精神分析療法に対して、症状の回復やパーソナリティの一部の変化、あるいは適応能力の回復と向上を求めるが、パーソナリティ全体の変革を目的とするものではなく、技法としては、非指示的な介入と解釈の重要性は変わらないが、より頻繁に直面化を用います。また、自由連想は寝椅子ではなく対面でおこなっていきます。

参考文献

  • 馬場禮子 1999 精神分析的心理療法の実践 岩崎学術出版社
  • Menninger, K.(著)小此木啓吾・岩崎徹也(訳) 1969 精神分析技法論 岩崎学術出版社
  • 小此木圭吾(他・編) 1982 精神分析セミナー Ⅱ 精神分析の治療機序 岩崎学術出版社
  • 小此木圭吾(他・編) 1983 精神分析セミナー Ⅲ フロイトの治療技法論 岩崎学術出版社
  • 小此木啓吾(編) 2002 精神分析事典 岩崎学術出版社