家族療法
家族療法とは、個人や家族の抱えるさまざまな心理的・行動的な困難や問題を、家族という文脈の中で理解し、解決に向けた援助を行なっていこうとする対人援助方法論の総称です(日本家族研究・家族療法学会2013)。個人療法の中に精神分析療法や行動療法が位置づけられるように、家族療法の中に、精神分析的家族療法、行動学的家族療法など幾つものモデルがあります。家族療法と記述されると、精神分析療法や行動療法と同じ水準の概念のように感じられますが、それよりは、もう一つ上の水準である個人療法の水準に近い概念です。
このように広範な家族療法ですが、その歴史的な流れを見てみると、1980年代までシステム論が主要な認識パラダイムがあり、1990年代以降それに社会構成主義のパラダイムが加わっていくという大きな流れがあります。この1990年代以降に新しい認識論を背景に登場してきたモデルは第2世代、それ以前のモデルは第1世代と分類されます。日本では、この分類に加え、第1世代、第2世代の家族療法がそれぞれに発展してきた歴史を背景に、さまざまな臨床領域で各モデルを統合的に実践、応用する中で形成されてきた臨床モデルを第3世代としています。
第1世代
精神分析が盛隆していたアメリカで、Ackerman,N.W.は、母子同席での面接をすることで子どもの内面だけでなく、母子間さらには家族間の関係性を直に観察し、そこに介入するといった臨床活動をおこないました。このようなAckerman,N.W.の家族介入は、精神分析の衰退に伴い高く評価されるようになり、彼は家族療法の祖ともされます。
1950年代頃より、家族療法におけるパイオニアたちによる家族を対象とした臨床活動の試みが始まり、とりわけ、一般システム論の影響を受けて家族をシステムとして見なし、システム・サイバネティクスの考えを応用して問題を記述しようとする流れが活発となりました。
一般システム理論は、1948年にvon Bertalanffy, L.の提唱した理論です。 von Bertalanffy, L.は、「システム」一般に対して使える原理を定式化し、導き出すことを主題として、一般システム理論を提唱しました(von Bertalanffy, L. 1968)。同じく1948年にWiner,N.が、システム間の通信と制御をテーマとしたサイバネティクスを提唱しました。一般システム論とサイバネティクスは、扱う対象や概念が重なる部分が多いため、システム・サイバネティクスとも称されます。
一般システム理論では、システムの階層性を想定します。例えば、「生体システム」の階層では、個人が一つの単位となり、他の個人と相互に作用しあいます。このうちの一個人に焦点をあてると、一個人は相互に作用しあう様々な器官によって構成されています。この器官の水準の階層は「器官システム」として「生体システム」の下位に位置します。あるシステムの下位のシステムは「サブシステム」と呼ばれ、あるシステムの上位のシステムは「スプラシステム」と呼ばれます。ここでは、「生体システム」は「器官システム」に対して「スプラシステム」であり、「器官システム」は「生体システム」に対して「サブシステム」です。「サブシステム」は、組織を有し、「スプラシステム」を維持するための何らかの機能を有するユニットです。一般的に「スプラシステム」は「サブシステム」の要素と属性をより複雑な形で有します。
「器官システム」において様々にある器官のうち、ある一つの器官に焦点をあてると、その器官は相互に作用する様々な細胞から構成されており、「細胞システム」が「器官システム」のサブシステムとして位置づけられます。さらに、「生体システム」のスプラシステムとしては家族のような「集団システム」が想定されます。また、「集団システム」のスプラシステムとして会社や組合のような「機構システム」が、「機構システム」のスプラシステムとして国家のような「社会システム」が想定されます。このようにシステムは階層構造を有していると考えます。
また、特に生物体のシステムは、他のシステムと関係、交流を持ち、相互に影響を与え合う「開放システム」であり、秩序だった複雑性をもち、直線的因果律だけでは説明しきれない円環的因果律に基づくといった特徴があります。
第1世代の家族療法は、このようなシステム論的な視点が注目を集め、システム・サイバネティクスに基づく家族療法の理論的発展がその主要な流れをけん引していました。とはいえ、それ以外にも精神分析や行動学的な家族療法もあり、その理論背景は多様でした。
このうち、システム論的な家族療法としては、Bowen,Mの理論を根幹とする多世代伝達モデル、Minuchin,S.らによる構造的モデル、Jackson,D.D.が設立したMRIでおこなわれたコミュニケーションモデルなどがあげられます。
構造モデルでは、家族と家族の構成員を理解するためには、構成員の間の関係を理解する必要があるという前提に立ち、関係に伴うルールを発見しようと努めます。その際、「境界線」、「連携」、「権力」を枠組みに、人間関係のルールを検討していきます。
「境界線」とは、家族の相互作用の過程で、その構成員の誰が、どのような仕方で参加できるかについてのルールです。境界線にはあいまいなもの、明瞭なもの、固いものがあり、明瞭な境界線を主とする家族は正常な家族と考えられます。一方で、境界があいまいな家族の構成員は必要以上に関与し合うと考えられ、「網状家族」と呼ばれます。また、境界が堅い場合は、構成員同士の関わりは乏しいため、「遊離家族」と呼ばれます。
「連携」とは、家族の相互作用の過程で、家族システムの一員が他と協力関係または相反する関係を持つことです。二者が第三者と対抗して連携する「連合」と、第三者との敵対関係を含まず、二者が第三者とは異なる共同の目的のために提携する「同盟」が考えられます。
「権力」とは、個々の家族構成員が相互作用の過程を通して他者に与える影響力です。
構造モデルでは、個人の病理は家族構造との関係において理解され、個人の機能障害は家族の構造上の問題点の反映だと考えます。そのため、家族システムの境界線、提携、権力の在り方を変えるように働きかけることで、家族構造を改善しようとします。その結果、個人の機能障害を継続させるような構造ではない構造へと変化していきます。
このように、家族の中で、主たる症状を呈しているか、主たる症状を呈していると見なされている人は、家族システムの機能不全が特定の家族員に問題行動や症状を生じせしめるという観点から、患者とみなされた人(Identified Patient : IP)と呼ばれます。
第2世代
社会構成主義とは、「現実は社会的過程、すなわち言語的な相互交流の過程の中に構築される」という考え方です。
社会構成主義的な視点を基盤にした治療的なアプローチは、1990年代の前半頃まで、ナラティヴ・セラピーと呼ばれていました。その後、モデルは多様化していき、コラボレイティヴ・アプローチや、リフレティング・プロセス、ナラティブ・セラピーなどが発展していきました。現在、欧米では、ナラティブ・セラピーは、White,M.とEpston,D.のモデルを指すようになっています。一方、日本では、コラボレイティヴ・アプローチや、リフレティング・プロセス、White,M.とEpston,D.のナラティブ・セラピーをまとめて、ナラティブ・セラピーと呼ぶ傾向があります。
コラボレイティヴ・アプローチは、Anderson,H.とGoolishian,H.によって提唱されたアプローチです。Anderson,Hと.Goolishian,H(1988)は、社会構成主義の視点を参照しながら、家族療法における治療プロセスについて再考しました。こののちに、リフレクティング・プロセスやWhite,M.とEpston,D.のナラティブ・セラピーが登場してくることになります。
Anderson, H., & Goolishian, H. (1992)は、人間の行動は、社会的に構成されたものや談話を通して作り出される現実においておこなわれる、という立場に立ち、いくつかの前提を重要視しています。そのうちのひとつは、セラピストは会話の参加者-観察者および参加者-ファシリテーターという役割をとる、というということです。セラピストは、会話や治療的な質問を通して、このような役割をすすめていきます。そのために、特定の答えを得るための質問というよりも、無知の姿勢(not-knowing)による質問をおこなっていきます。
White,M.とEpston,D.のナラティブ・セラピーは、彼らが創始した「ナラティブ・モデル」から発展した対人援助アプローチです。ナラティブには「物語」と「語り」の意味があります。
ナラティブ・セラピーにおけるストーリーは、出来事が時間軸上で連続してつなげられてプロットになったものです。人生においてさまざまにおこる出来事の中から、特定のプロットにあった出来事が選ばれ、ストーリーは豊かに厚くなっていきます。例えば、自分が「よいドライバー」だというストーリーがあるとすると、このプロットに合わない、急に飛び出してしまった、駐車がうまくいかなかったといった出来事と比べて、プロットに合う、信号で止まった、歩行者に道を譲ったといった出来事はより重視されます。そして、そのストーリーにあった出来事がストーリーに加えられていき、ストーリーは暑くなり、人生においてドミナント(dominant)になり、ストーリーにあった出来事を見つけやすくなっていくと考えます。
ナラティブ・セラピーでは、ドミナント・ストーリーを脱構築し、オルタナティヴ・ストーリー(alternative story)を分厚くする会話を進めていきます。ドミナント・ストーリーを脱構築する会話には、ひとつとして外在化する会話があります。外在化する会話とは、人から問題を切り離して話す手法です。例えば、「私はうつです」のように、問題が本人の一部、もしくはその人の内部にあるとみなしたうえで語られるものを、「うつが外に出かけることを難しくしているのですね」という事ができます。これは単なる技法や技術の話でなく、会話における態度や方向性の話であるという点が重要とされます。このような外在化する会話によって、自分自身を問題から切り離された存在として経験する文脈が確立されます。
外在化する会話によって、問題から自分自身を切り離せるようになることで、その人と問題との間の関係を探求することができるようにします。「どんな言葉をつかうと、あなたとこの問題との関係を説明できますか?」などの質問を通して、人と問題との間の関係が記述され、それに対して話を進めていくことで、人生を追著述するための素地が作られていきます(Morgan,A. 2000)。
関連問題
●2022年-問53、問136 ●2020年-問44 ●2019年-問141 ●2018年(追加試験)-問86 ●2018年-問117
引用・参考文献
- Anderson, H., & Goolishian, H. (1992). The client is the expert A not-knowing approach to therapy. In S. McNamee & K. J. Gergen (Eds.), Therapy as social construction (pp. 25–39). Sage Publications, Inc.
- Anderson, H., & Goolishian, H. (1988). Human Systems as Linguistic Systems Preliminary and Evolving Ideas about the Implications for Clinical Theory. Family Process, 27(4), 371–393.
- Morgan,A. 2000 what is Narrative Therapy : An easy-to-read introduction. Dulwich Center Publications, Adelaide. 小森康永・上田牧子(訳) 2003 ナラティブ・セラピーって何? 金剛出版
- 日本家族研究・家族療法学会(編)2013 家族療法テキストブック 金剛出版
- 遊佐安一郎 1984 家族療法入門 システムズ・アプローチの理論と実際 星和書房
- von Bertalanffy, L. 1968 General System Theory Foundations, Development, Applications Georgeg Braxiller, New York. 長野敬・太田邦昌(訳) 1973 一般システム理論 みすず書房