信用失墜行為の禁止

信用失墜行為の禁止

 信用失墜行為の禁止では、公認心理師の信用を傷つけるような行為を禁止しています。信用失墜行為をおこなった場合、公認心理師の登録を取り消される可能性もあります。信用が、ひとつとして社会的な規範を遂行することで得られるものだとするならば、信用失墜行為とは社会的な規範に背くことでしょう。ここでは、様々にある社会的な規範の内、公認心理師法で具体的に特定されている秘密保持義務、連携等、資質向上の責務、以外の規範について取り上げます。
 社会的な規範には、法の他に倫理があります。法が、外面性と強制性(他律性)といった特徴をもつのに対して、倫理は、内面性と自律性といった特徴を持ちます(横藤田 2004)。また、法と倫理は、機能特性が分離していることによって、それぞれ独自な機能的役割をもつと共に、また同時に相互に依存しあい照応しあうという関係性ももっています(中野 2002)。

ケアの倫理

 Beauchamp, T. L.(2007)は、ヘルスケアに関する倫理は、①自律性の尊重(respect for autonomy):個人の持つ自律的な意思決定能力を尊重すること、②無危害(nonmaleficence):他者に害を及ぼさないこと、③善行(beneficence):他者を傷つけることを予防し、利益を提供し、利益と危険性や費用のバランスをとること、④正義(justice):利益と危険性、費用を公平に、適切に割り振ることの4つにまとめることができるとしています。

 また、Jonsen, A. Rら(2015)は、患者ケアの倫理的側面を特定し、倫理的問題を分析し、解決するための方法として、①医学的適応(medical indications)、②患者の意向(patient preferences)、③生活の質(Quality of Life)、④周囲の状況(contextual features)の4つを検討事項として提案しています。 医学的適応とは、症例の医学的問題を評価し、治療するために用いられる診断および治療的介入を指します。患者の意向とは、自身の治療に関して患者が選択を表明すること、あるいは、患者が意思決定できない場合には、患者の代弁をする権限を持つ者の意思決定のことである。生活の質とは、治療前と治療後の生活で経験する満足感、喜び、幸福感の度合い、あるいは苦痛や不調の度合いを示すものです。周囲の状況とは、社会的、制度的、財政的、法的な状況を特定することです。そして、これら4つの検討事項の内容を総合することで、症例の倫理的側面の包括的な全体像が形成されるとします。これらが4つに分割された表は、四分割表(THE FOUR BOXES)と呼ばれます。

心理臨床における倫理

 多重関係は、ある人との間に職業的役割を持ちながらも、同時に、次のいずれかに該当する場合をいいます。(1)その人に対して、別の役割も担っている場合、(2)その人と密接にかかわっている人、またはその人と親戚関係にある人との間に何らかの関係を持っている場合、または、(3)その人に対して、あるいはその人と密接にかかわっている人、もしくはその人と親戚関係にある人に対して、将来別の関係を持つことを約束している場合(APA 2017、Nagy,T.F. 2005)。
 心理臨床実践にたずさわる者は、原則として、現在自分と利害関係や親密な関係にある者、あるいは過去にそうであった者を援助対象にはしません。そうした関係にある者からの援助依頼を受けた場合には、他の機関や他の専門職を紹介するなど適切な処置をとります。また、臨床実践の開始後に援助対象者との間に恋愛関係や性的な関係をとり結んではなりません。たとえ援助が中止ないし終結された後であっても,専門的な関係の影響が及びうる間は、そうした関係をとり結んではならないとされます(日本心理学会倫理委員会 2011)。
 ただし、自分の客観性の妨げにならない、自分の適格性や有効性が損なわれない、何らかの形で相手を搾取したり、相手に危害を加えたりすることにならない場合は容認されます(APA 2017、Nagy,T.F. 2005)。つまり、多重関係はそれ自体が問題というよりも、それが搾取や加害に結びつきやすく、相手と自分が傷つく可能性があるために原則禁止となっているというふうに解釈できます。

 サイコロジストは出来る限り人を傷つけず、また搾取はおこないません(APA 2017、Nagy,T.F. 2005)。岩壁ら(2018)は、メンタルヘルス領域の職業倫理の原則の一つとして、「相手を利己的に利用しない」を挙げており、そこに「多重関係を避ける。クライエントと物を売買しない。物々交換や身体的接触を避ける。勧誘(リファー等の際に、クライエントに対して特定の機関に相談するようすすめること)をおこなわない」などを含めています。

 多重関係を避けるということは、言葉をかえればクライエントと職業的役割関係を保つという事でもあります。心理臨床実践にたずさわる者は、実践の期間を通じて、援助対象者との間に専門的援助・介入をなかだちとした誠実な関係を維持する必要があります。援助対象者に対して、専門的関係の範囲を超えた金品や情報の授受、私的な関係の構築等はおこないません(日本心理学会倫理委員会 2011)。

 関係性への配慮は、治療的な関係を持っている間だけに留まりません。APAでは、サイコロジストは、元クライエントまたは患者とは、治療の停止または終結から少なくとも2年は性的に親密な関係を持たないとしています。ただし、これは2年たてば親密な関係になっても構わないというものではなく、2年の間隔を置いた後であっても、原則的に元クライエントや患者と性的に親密にはなりません(APA 2017、Nagy,T.F. 2005)。

研究における倫理

 研究においては、研究対象者に対し、研究過程全般および研究成果の公表方法、研究終了後の対応について研究を開始する前に十分な説明を行い、理解されたかどうかを確認した上で、原則として、文書で同意を得なければなりません。説明を行う際には、研究に関して誤解が生じないように努め、研究対象者が自由意思で研究参加を決定できるよう配慮します(日本心理学会倫理委員会 2011)。

 また、研究参加者が研究の内容、結果、および結論について適切な情報を得られる機会をすみやかに設けるとともに、研究参加者に誤解を与えているかもしれないと気づいた点があれば、すべて正すようにします(APA 2017、Nagy,T.F. 2005)。このような、特に実験において、実験に参加した被検者に対して、実験終了後に研究の全体的な説明をおこなう手続きは、デブリーフィングと呼ばれます(中島・他 1999)。

【APAの倫理基準原文(2002)と、分かりやすい解釈、事例が書かれています。事例には、考察の余地が残されており、それをもとに倫理について考えを深めていくことができるようになっています。倫理について学ぶにはとてもよいテキストだと思います。】

関連問題

●2022年-問51問111 ●2021年-問39問123問125 ●2019年-問49 ●2018年(追加試験)-問110 ●2018年-問81

参考・引用文献

  • American Psychological Association 2017 Ethical Principles of Psychologists and Code of Conduct
  • Beauchamp, T. L. 2007 The ‘Four Principles’ Approach to Health Care Ethics. Ashcroft, R. E. Dawson, A. Draper, H. McMillan, J. R.,(eds)Principles of Health Care Ethics. 2nd edition. Chichester, West Sussex, UK; Hoboken, NJ: John Wiley and Sons,: 3-10
  • 岩壁茂・金沢吉展・村瀬嘉代子 2018 公認心理師の職責 一般財団法人 日本心理研修センター(監修) 公認心理師現認者講習会テキスト 2018年版 金剛出版 p.4-43
  • Jonsen, A. R., Siegler, M., Winslade, W. J. 2015 Clinical Ethics: A Practical Approach to Ethical Decisions in Clinical Medicine, 8th Edition. McGraw-Hill Education
  • Nagy,T.F. 2005 Ethics in Plain English: An Illustrative Case book for Psychologists, Second Edition. Washington, DC: American Psychological Association村本詔司(監訳)2007 APA倫理基準による心理学倫理問題事例集 創元社
  • 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田裕司(編) 1999 心理学辞典 有斐閣
  • 中野敏男 2002 法と倫理-問われる課題、問いの立て方- 法社会学56 1-15.
  • 日本心理学会倫理委員会 2011 公益社団法人日本心理学会倫理規定 第3版 公益社団法人日本心理学会
  • 横藤田誠 2004 医療における法規制と倫理 日本放射線技術学会雑誌60(8)  1045-1049.