いじめ
いじめとは、いじめ防止対策推進法において、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」と定義されます。具体的には、
- 冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる
- 仲間はずれ、集団による無視をされる
- 軽くぶつかられたり、遊ぶふりをして叩かれたり、蹴られたりする
- ひどくぶつかられたり、叩かれたり、蹴られたりする
- 金品をたかられる
- 金品を隠されたり、盗まれたり、壊されたり、捨てられたりする
- 嫌なことや恥ずかしいこと、危険なことをされたり、させられたりする
- パソコンや携帯電話等で、誹謗中傷や嫌なことをされる
などが該当します。
いじめの定義は、時代にあわせて検討が加えられ変遷してきました。昭和61年には、「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているものであって、学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わないもの」というものでした。これが、平成6年度から、「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているもの。なお、 起こった場所は学校の内外を問わない。 なお、個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと。」とされるようになります。さらに、平成18年度からは「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。 なお、起こった場所は学校の内外を問わない。個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。」となり、現在の定義に引き継がれています。
<いじめ防止のための基本的な方針>では、いじめに対して、「いじめは、どの子供にも、どの学校でも、起こりうるものである。とりわけ、 嫌がらせやいじわる等の「暴力を伴わないいじめ」は、多くの児童生徒が入れ替わりながら被害も加害も経験する。また、「暴力を伴わないいじめ」であっても、 何度も繰り返されたり多くの者から集中的に行われたりすることで、「暴力を伴ういじめ」とともに、生命又は身体に重大な危険を生じさせうる。」という理解にたっています。伊藤(2017)は、小学生から高校生までを対象とした調査で、いじめの被害・加害両方を経験したケースが半数近くいることから、いじめの役割が固定せずに、流動的である様子を示唆しています。また、例え命が失われなくとも、いじめは身体的、心理的な悪影響を生じさせます(岡安 2000)。その影響は中長期にわたり、自信がなくなったり、気分が暗くなったり、イライラしやすくなったり、人との付き合いに消極的になったりといったことが長く続いていくことになりえます(坂西 1995)。
<いじめ防止のための基本的な方針>では、さらに「いじめの加害・被害という二者関係だけでなく、学級や部活動等の所属集団の構造上の問題(例えば無秩序性や閉塞性)、「観衆」としてはやし立てたり面白がったりする存在や、周辺で暗黙の了解を与えている「傍観者」の存在にも注意を払い、集団全体にいじめを許容しない雰囲気が形成されるようにすることが必要である。」ともしています。いじめは、加害者・被害者のみでなく、それを取り巻く傍観者も重要な要因として考慮する必要性が認識されています。傍観者の行動によって、加害者の被害者への攻撃行動が促進されたり、抑制されたりします。一方で傍観者のとる行動は、被害者や加害者との関係に影響されるように、加害者・被害者・傍観者は相互に絡み合っていじめを成立させていると考えられています(和久田 2019)。
いじめの防止等のために、学校では、学校いじめ防止基本方針に基づき、学校いじめ対策組織を中核として、校長のリーダーシップの下、一致協力体制を確立し、学校の設置者とも適切に連携の上、学校の実情に応じた対策を推進することが必要とされます(いじめ防止のための基本的な方針)。
いじめが成立する過程で、他者に支援を求めにくい構造がつくられていきます。閉塞的で逃げ場のない構造でおこなわれるいじめは、<児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査>によると、本人や保護者からの報告よりも、アンケート調査などの学校の取組により発見されることが多いとされています。いじめは、被害者が無抵抗だと悪化する可能性がある一方で、被害者が教師や友人、家族に相談するなどの対処行動にでることが改善にあたって有効であると考えられます(久保田 2004)。また、教師による介入も効果的とされます(本間 2003、大西(他) 2009)。いじめを受けた経験が心の傷として残りにくくなるためにも重要な他者の存在は大きいことが考えられ(亀田(他) 2011)、いじめを成立させにくくするためにも、いじめが発生したときに歯止めをきかせられるようにするためにも、被害者を孤立させないような環境を日ごろから作っておくことは重要だと考えられます。
いじめの情報が学校にもたらされた場合には、速やかに学校いじめ対策組織に対していじめに係る情報を報告し、学校の組織的な対応につなげなければなりません。学校いじめ対策組織において情報共有を行った後は,事実関係の確認の上、組織的に対応方針を決定し、被害児童生徒を徹底して守り通します。また、加害児童生徒に対しては、当該児童生徒の人格の成長を第一に、教育的配慮の下、毅然とした態度で指導します(いじめ防止のための基本的な方針)。
いじめは、ひやかしやからかいといったものから、無視や暴力、恐喝など様々な様態をとっておこなわれますが、いじめ防止対策推進法では、特に、「①いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。②いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。」を重大事態として、<いじめの重大事態の調査に関するガイドライン>を定めています。<いじめ重大事態の調査に関するガイドライン>によると、重大事態は、事実関係が確定した段階で重大事態としての対応を開始するのではなく、「疑い」 が生じた段階で調査を開始しなければなりません。たとえ被害児童生徒・保護者が詳細な調査や事案の公表を望まない場合であっても、調査の実施自体や調査結果を外部に対して明らかにしないまま行うこともできるため、被害児童生徒・保護者の意向を的確に把握し、調査方法を工夫しながら調査を進める必要があり、調査結果は特段の支障がなければ公表することが望ましいとされます。
関連問題
参考文献
- 本間友巳 2003 中学生におけるいじめ停止に関連する要因といじめ加害者への対応 教育心理学研究51 .390-400
- 伊藤美奈子 2017 いじめる・いじめられる経験の背景要因に関する基礎研究 教育心理学研究65 .26-36.
- 亀田秀子(他) 2011 過去のいじめられた経験の影響と自己成長感をもたらす要因の検討 カウンセリング研究44 .277-287
- 久保田真功 2004 いじめへの対処行動の有効性に関する分析 教育社会学研究74 .249-268
- 文部科学省初等中等教育局児童生徒課 2019 令和元年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果
- 文部科学省 2017 いじめの重大事態の調査に関するガイドライン
- 文部科学大臣 2017 いじめの防止等のための基本的な方針 最終改定 平成29年3月14日
- 岡安孝弘(他) 2000 中学校におけるいじめ被害者・加害者の心理的ストレス 教育心理学研究48 .410-421.
- 大西彩子(他) 2009 児童・生徒の教師認知がいじめの加害傾向に及ぼす影響 教育心理学研究57.324-335
- 坂西友秀 1995 いじめが被害者に及ぼす長期的な影響および被害者の自己認知と他の被害者認知の差 社会心理学研究11(2) .105-115 和久田学 2019 学校を変える いじめの科学 日本評論社
- 和久田学 2019 学校を変える いじめの科学 日本評論社