ボウルビィの愛着理論

ボウルビィの愛着理論

 イギリスの児童精神医学者であるボウルビィ(Bowlby,J.M.)は、母子関係が人格形成に及ぼす影響について考察をしました。ボウルビィは、WHOの依頼を受けて、孤児の精神衛生を向上させる研究をおこなうなかで、「乳幼児と母親(あるいは永続的な母親代理者)との人間関係が、親密かつ継続的で、しかも両者が満足と幸福感にみたされるような人間関係が精神衛生の基礎である」と考え、乳幼児が母親やそれに代わる養育者から母性的な養育を受けられなくなることをマターナル・ディプリベーション(maternal deprivation)と呼びました。マターナル・ディプリベーションを被った乳幼児は、身体的、知能的、情緒的、社会的に悪影響を受けるとされます。

 母と子という二者関係にはさまざまな関係性が含まれますが、その中で重要なものとして養育-愛着という相互補足的な関係性があげられます。泣き叫びやほほえみ、追うこと、しがみつき、吸うこと、呼びかけることといった反応や行動を介して表現される、母親を代表とした母性的な人物に対する子どもの結びつきを愛着といいます。母親への接近や距離維持のための行動が愛着行動、長期間でゆっくりとしか変化せず一時的な状態に左右されない子どもの傾向が愛着です。
 ボウルビィは、愛着行動の発達段階を4つの段階にわけて考察しています。生後8から12週頃まで続く第1段階における乳児は、人に対して他の事物とは異なった特色のある方法で行動をしますが、人を弁別する能力はほとんど存在しません。この乳児の行動には、乳児の姿勢のような在り方や、視線による追従運動、つかむ、手を伸ばす、微笑する、喃語をいうなどの表現が含まれ、この段階は、「人物弁別をともなわない定位と発信」の段階と呼ばれます。このような乳児の行動は、近くにいる人物の行動に影響を与え、その相互作用によって互いの親密さが強められていきます。
 その後、12週から6カ月にわたる第2段階では、母性的人物に対してより顕著な形で親密な行動をおこなうようになります。この段階は「ひとり(または数人)の弁別された人物に対する定位と発信」の段階です。
 そして、6、7カ月から2歳にかけての第3段階では、誰に対しても示されていた親密な反応が減少し、ある特定の人が愛着対象として選択されるようになります。そして、見知らぬ人たちは、警戒され、恐れられるようになっていきます。同時に、外出する母親を追う、帰宅した母親を迎える、探索活動のためのよりどころとして母親を利用するといった反応が生じるようになります。この段階は、「発信ならびに動作の手段による弁別された人物への接近の維持」の段階と呼ばれます。ただし、この段階の子どもには、接近したり離れたりする母親の動きに影響を及ぼすものが何かはまだ分かりません。
 やがて、3歳中頃に始まる第4段階では、子どもは母親には母親の目標と興味があり、それは自分と異なっていることを踏まえたうえで、設定した目標に近くなるように行動を調整するようになっていきます。この段階は「目標修正的協調性の形成」の段階です。その後、愛着の対象は広がっていき、老齢期に至る長期にわたって、他者との結びつきの基礎となります。

 この愛着や愛着行動を説明する愛着理論では、行動そのものよりも、行動システムに目を向けていきます。行動システムは、パーソナリティに中心的な役割を果たすと考えられるものです。そして、愛着行動は、行動システムのうちの安全調整システムによって生じるもので、これによって個人にとって有害となるような危険を減少させたり、安全であるという感覚を増大させることができると考えられています。
 実際に行動するにあたっては、脳の中に構築された具象的なモデルである作業モデル(working models)を使用しながら、設定された目標がどのように達成されるか予測を立てていくとされます。例えば、愛着を向ける人物に助けを求める場合、彼らはどのように接近しやすく、応答してくれるのかなどを、作業モデルによって予測し計画を立てていくと考えるのです。さらに、愛着人物がどの程度効果的に応答してくれるのかという確信の度合などもモデルの構造に依るものです。この作業モデルは、良い・悪い対象の取り入れおよび自己像を、システムの観点から捉えようとして考えられたものです。

 生後6か月以上の子どもは、愛着行動を向ける母性的人物と、例えば病院や乳児院への入院のような“一時的であってもが常に接近しえないような状況”において、いくつかの特徴的な行動を示します。
最初は激しく抵抗し、必死になって母親を取り戻そうと努力します。その後、母親を取り戻すことに絶望するように見えますが、母親が帰ってくることを期待もしています。さらにその後になると母親という愛着対象から離脱して、母親への興味を失ったようになります。これらの分離への反応は、抵抗、絶望、脱愛着という3つの段階で呼ばれます。

参考文献

  • Bowlby,J.(著)黒田実郎・大羽蓁・岡田洋子・黒田聖一(訳) 1991 母子関係の理論[新版] Ⅰ愛着行動 岩崎学術出版社
  • Bowlby,J.(著)黒田実郎・大羽蓁・岡田洋子・黒田聖一(訳) 1991 母子関係の理論[新版] Ⅱ分離不安 岩崎学術出版社
  • Bowlby,J.(著)黒田実郎・大羽蓁・岡田洋子・黒田聖一(訳) 1981 母子関係の理論 Ⅲ対象喪失 岩崎学術出版社

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