コールバーグの道徳性の発達

コールバーグの道徳性の発達

 コールバーグ(Kohlberg,L.)は、同一の75名の男子を3年間隔で青年期初期から成人期に渡って追跡する方法を主として、道徳判断と道徳的性格の発達を研究しました。そして、その結果を哲学的な観点を踏まえて吟味し、3水準6段階の発達段階を設定しました。

 道徳的発達段階は、認知発達という側面をもち、(a)道徳判断とは役割取得のプロセスであり、(b)それはピアジェ(Piaget,J.)の論理的思考の発達段階に対応して各段階において前の段階とは異なる新しい論理構造をもっていること、(c)この構造は公正の構造として最もうまく定式化され、(d)それは前の段階の構造に比べてより包括的であり分化しより均衡状態にあるという特徴がります。

 第1段階では、公正性について平等や相互性という観点からでなく、地位や権力者といった観点から意識されます。社会-道徳的秩序を維持する原理は、弱者の強者に対する服従や、逸脱者に対する強者からの罰といったところにあります。例えば、「子どもが自分の稼いだお金を父親に差し出さなければならないのは、子どもは父親のものであり、父親の言うことに従わないとならないから」とされます。

 これが第2段階になると、個人間の交換や分配において量的に平等であるか否かという観点から公正性について判断するようになります。好意にしても悪意にしても相手との等しく交換されるような行為を公正なものと意識します。例えば、「あなたは私の感情を害するようなことをしたり、邪魔をしたりすべきではないし、私もあなたの感情を害するようなことをしたり、邪魔をしたりすべきではない」とします。ピアジェの可逆性のテストをパスでき、論理的相互性について理解が及ぶようになっているということが、この観点に立つようになることの要因となっています。

 さらに第3段階になると、この公正性が現実的な交換から、理念的、想像的な相互性へと引き上げられます。どのような人であっても等しく与えられることが平等と考えるよりも、無力な人ほどより多く与えられるのが公正であると考えるようになります。それは、相手の立場に立って考えて、その無力さを補うことができるからです。
このように、相手の考えを予測しつつそれに基づいて行動をしていくといった論理的な操作ができるようになることが、この観点に立つための一要因となります。

 第4段階では、具体的な2者関係で最もよく適合するもののそれ以外の場面で誰の役割を取るべきかについて曖昧で、道徳的な公正性について解決が難しかった第3段階の公正についての考え方が、社会全体に共有され受け入れられているとともにその社会を構成している、役割や規則の社会的秩序、システムの観点からなされるようになります。つまり、公正性が第2、3段階のような2者間の現実的もしくは理念的な相互性や平等の問題としてではなく、各個人と社会システムとの間の関係の問題として意識されます。この段階の公正は、個人の道徳的選択というよりも、社会的秩序のための原理を維持していくためのものであり、この段階の人にとって公正と社会の基本的規則や構造の維持は同じものとなります。

 第5段階は、社会秩序や法の維持というよりも、法や規則の制定のための視点にたち、公正性が意識されます。第4段階では、秩序の外にいる人たちや社会変革への適用に限界がありましたが、第5段階ではそれが取り払われます。第4段階では、既存の社会の価値を当然のものとして認め、その社会が維持されるか否かが検討の基準となりますが、第5段階ではある法や社会が他のものよりもよいかどうかという点が検討の基準となります。第5段階は、ピアジェの、すべての可能性を統合して仮説演繹的思考を生み出す論理的思考である形式的操作思考が前提となっています。

 しかし、第5段階の考え方は、全ての人が同意できる普遍的な道徳性を生み出すことはできません。a.公正の原理(「どんな状況においても個人の主張は平等に考慮される」)、b.役割取得の原理(「同じような状況において理性的な行為者ならば誰もが考慮するもの」)、c.人格の尊重の原理(「人間は無条件の価値をもつ」)によって規定される道徳的な態度が第6段階です。ある特定の法律と道徳的な判断との間に葛藤がある場合は、生命を救うと言う道徳的な義務がすべてに優先されるべきで、この義務が認められない場合には、生命を救うことができる人と同様に生命を救われる人の立場から、そしてこの二人の立場に立つことのできるすべての人の視点から、その状況は見ていないということになります。また、法は、人間の生命の価値とその生命を守るためにあるにも関わらず、法を守るために生命を損ねるというのは不合理だと考えられます。道徳的なジレンマに対する真の解決は、各個人を自由で平等であると考え、その状況においていずれの立場の人でも受け入れられるような解決であるとされます。この視点は、利益を最大にしようとする視点でもなければ、理想的な観察者の視点でもなく、公正の条件のもとに生じる結果に関係している、すべての人によって共有できるような視点となっています。

参考文献

  • 永井重史(編) 1985 道徳性の発達と教育 コールバーグ理論の展開 新曜社

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