認知行動療法

認知行動療法

 認知行動療法とは、行動や情動の問題に加え、認知的な問題をも治療の標的とし、治療アプローチとしてこれまで実証的にその効果が確認されている行動的技法と認知的技法を効果的に組み合わせて用いることによって問題の改善を図ろうとする治療アプローチの総称です(中島・他 1999)。

 認知行動療法の誕生には、1960年代を通して普及していった行動療法の限界が認識されはじめたこととあわせて、認知心理学の台頭や精神分析の衰退などが影響しています。認知心理学は、概念形成課題を用いた研究をまとめたBruner,J.Sの「思考の研究」の出版と、7個プラスマイナス2個という数字が人の直接記憶の幅を示しているとしたMiller,G.A.マジカル・ナンバー7に関する論文の発表があった1956年を皮切りに、様々な研究がなされていきました(大芦 2016)。認知心理学認知心理学者のBower,G.H(1981)は、感情は記憶ユニットとして機能し、これが活性化されることで、その出来事と関連する出来事を思い出しやすくなり、また空想などへと続いていく感情のテーマを刺激することにもなるという、連想ネットワーク理論を提唱しています。

 このように、1960年代の後半には行動主義に変わるパラダイムとして認知心理学が台頭しはじめ、行動主義の時代にはタブー視されていた意識内の現象を語ることを可能にしていました。こうした時代背景のうえに、Beck,A.の認知療法やEllis,A.の論理療法といった新たな心理療法が生まれました。認知療法や論理療法は、行動を変容させるために必要な手続きとして、認知に直接介入することの重要性を示しました。こういた傾向を汲む形で、Meichenbaum,D.H.のCognitive-Behavior Modificationなどの著書が出され、認知行動療法の名称が広がっていきました(大芦 2016)。

 認知行動療法は、1977年に最初の効果研究が示されて以降、幅広くその効果を検証され続けています。そして、大うつ病性障害、老年期うつ病、全般性不安障害、老年性不安、広場恐怖、社交恐怖、強迫性障害、行為障害、物質乱用、注意欠如/多動性障害、慢性腰痛や耳鳴り、過敏性腸症候群や不眠症に至るまで、幅広い対象に対する効果が示されています(Beck,J.S. 2011)。

 CBTは、行動療法の流れを汲むものとされますが、特定の人間観や治療観などにはあまりこだわらないことが大きな特徴とされます(大芦 2016)。CBTの名のもとには、Beck,A.やEllis,A.をはじめとした心理療法のさまざまな技法が含められます(Meichenbaum,D.H 1993)。また、Beck,A.の認知療法は、のちに認知行動療法と同義に用いられるようにもなっているように(Beck,J.S. 2011)、認知行動療法という言葉は多義的です。三田村(2017)によれば、認知行動療法は、広義には様々な行動的、認知的な心理療法の総称を、狭義には認知療法と行動療法を統合した具体的な認知行動療法の介入パッケージもしくは理論を意味します。

 認知行動療法の主要な原理について、Meichenbaum,D.H(1993)は(1)行動は、クライエントの思考、感情、生理過程とそれらの結果と相互に影響しあうとみなされる。(2)認知は、認知事象(自動思考や内的対話、イメージ)、認知過程、認知構造(スキーマ)の観点からとらえられる。(3)認知行動療法家の仕事の中心は、クライエントが、現実をどう構成し、とらえるかを理解できるように手助けすることである。などを挙げています。

 認知行動療法では、行動は、クライエントの思考、感情、生理過程と相互に影響し合うとみなされるため、これらの要素のいずれかへ働きかけていく方法が利用されます。用いられる技法や介入パッケージには様々なものがあります。行動療法で触れたもの以外には、以下のようなものがあります。

セルフモニタリング:クライエントの生活場面の情報を収集するために、クライエントの問題や生活状況に合わせてフォーマットを作成し、そのフォーマットに従ってクライエントが自己観察した結果を記入する方法です。セルフモニタリングは認知行動療法の主要なアセスメント技法です。例えば、思考記録表を用いたセルフモニタリングでは、クライエントの主訴に関連する状況とあわせて、思考、感情、行動などをモニタリングしていきます(坂野 2005)。

認知再構成法:思考の「柔軟性」と「多様性」を取り戻す(獲得させる)ための援助です。認知再構成法は、①クライエント自身が自らの思考の特徴に気づき、②それらの思考が自分の気分や感情、あるいは生活上の悩みに影響を及ぼしていることを理解し、③思考の妥当性を現実の生活に照らし合わせながら再検討しながら、新しい考えや取り組みを探索し、④新しい考えや取り組みを生活の中で積極的に活用しながらその有効性を確認していくことを促していきます(鈴木・神村 2013)。

モデリング:他者の行動やその結果をモデルとして観察することにより、観察者の行動に変化が生じる現象をいいます。Bandura,A.が従来の模倣や同一視といった概念を包括するものとして提唱した用語です(中島・他 1999)。

行動実験:面接場面で探索された新たな考えや取り組みを生活場面のなかで試行し、その結果としてどのような新しい体験を得ることができるかをセルフモニタリングする手続きです(坂野 2005)。

行動活性化:標準的なうつ病の認知行動療法の重要な一部分であると同時に、それ自体が独立した治療法でもあります。そしてその目的は、クライエントが生活の中で報酬を受ける機会を増やす活動を活性化させることです。活動と気分のモニタリングや、活動スケジュールなどを通して行動活性化の体験は強化されます。特に活動スケジュールは、行動活性化全体の中で大きな部分を占めています。活動のための特定の時間を同定することが、活性化を最大にするのに役立つという理論的根拠に基づき、活動をスケジュール化していきます(Martell,C.R. et.al 2010)。

リラクセーション:筋肉の緊張状態を一定の訓練方法に従って体系的に弛緩させる技法です。さまざまな心理療法のなかの構成要素の一つとして広く用いられています(中島 1999)。強い不安や混乱が生じる場面においても、クライエントが冷静に新しい考えや取り組みを探索できるように、リラクセーション法を指導することが有効とされます。リラクセーション法には、呼吸法、漸進的筋弛緩法、自律訓練法などさまざまな技法がありますが、クライエントに応じて導入しやすい方法を選択するとよいとされます(坂野 2005)。

自己教示訓練:Meichenbaum,D.によって開発された、不適切な自己教示に気づいて、適切な自己教示ができるようにすることで、感情や行動の障害を改善しようとする訓練です(Meichenbaum,D.H 1993)。

ストレス免疫訓練:Meichenbaum,D.によって開発された、ストレス対処のためのトリートメント・パッケージです。訓練は、①ストレス概念の把握、②技能獲得とリハーサル、③適用とフォロースルーの3段階からなり、認知的技法だけではなく、行動的、情動的(生理)的技法も使用されます(Meichenbaum,D.H 1993)。

 こういった認知行動療法に加え、愛着、精神力動、感情焦点といった伝統的な視点に基づくパーソナリティ障害の治療法として、スキーマ療法があります(Kellogg,S.H. Youn,J.E. 2006)。

関連問題

●2021年-問81問96 ●2019年-問152 ●2018年(追加試験)-問92 ●2018年-問50

参考文献

  • Barbara.O.R., Edna B.F., Elizabeth A.H.  2007 Reclaiming your life from a traumatic experience workbook Oxford University Press, Inc. 小西聖子・金吉晴(監訳) 2012 PTSDの持続エクスポージャー療法 ワークブック トラウマ体験からあなたの人生を取り戻すために 星和書店
  • Beck,J.S. 2011 Cognitive Behavior Therapy Basics and Beyond Second Edition The Cuilford Press. 伊藤絵美・神村栄一・藤澤大介(訳) 2015 認知行動療法実践ガイド・基礎から応用まで 第2版 星和書店
  • Bower, G. H. (1981). Mood and memory. American Psychologist, 36(2), 129–148.
  • Martell,C.R., Dimidjian,S.,Herman-Dunn,R. 2010 Behavior Activation for Depression : A Clinician’s Guide Guilford Publications,Inc.,New York 坂井誠・大野裕(監訳) 2013 セラピストのための行動活性化ガイドブック うつ病を治療する10の中核原則 創元社
  • Kellogg,S.H. Youn,J.E. 2006 Schema Therapy for Borderline Personality Disorder. Journal of clinical psychology62(4) 445-458.
  • Mejchenbaum,D. 1993 Evolutionof CognitiveBehaviorTherapy Origins, Tenets and Clinical Examples 行動療法研究19(1) 55-66
  • 三田村仰 2017 はじめてまなぶ行動療法 金剛出版
  • 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁枡算男・立花政夫・箱田裕司(編) 1999 心理学辞典 有斐閣
  • 大芦治 心理学史 ナカニシヤ出版
  • 坂野雄二(監修) 鈴木伸一・神村栄一(著) 2005 実践家のための認知行動療法テクニックガイド 行動変容と認知変容のためのキーポイント 北大路書房
  • Sisemore,T.A. 2012 The Clinician’s Guide to Exposure Therapies for Anxiety Spectrum Disorders : Integrating Techniques and Applicatiions from CBT, DBT, and ACT. Sisemore,T.A and New Harbinger Publications. 坂井誠・首藤祐介・山本竜也(監訳) 2015 セラピストのためのエクスポージャー療法ガイドブック その実践とCBT,DBT,ACTへの統合 創元社
  • 鈴木伸一・神村栄一 2013 レベルアップした実践家のための事例で学ぶ認知行動療法テクニックガイド 北大路書房