行動療法

行動療法

 行動療法とは、実験によって証明された現代学習理論あるいは行動理論の活用による行動変容法です(中島ら 1999)。
 行動療法は行動主義の影響を受けています。行動療法という用語が一般的になったのは1960年頃からとされますが、行動療法の起源となる研究は、行動主義の提唱者であるWatson,J.B.によってなされていました。Watson,J.B.は、1920年に子どもの感情が学習され発達することを研究する中で、恐怖が条件づけであることを示しました。同じように、Pavlov,I.P.は1927年にイヌを対象とした古典的条件づけによって、いわゆる実験神経症を報告しています。このように、行動主義的な理論から不適応を理解し、治療するための下地がつくられていきました。
 このように各地で行動主義に基づく研究が進められる中で、行動療法はイギリスとアメリカを中心に発展していきました。イギリスでは、Wolpe,J.やEysenck,H.などによって、レスポンデント条件づけの理論に基づく行動療法が、アメリカではSkinner,B.F.によって、オペラント条件づけの理論に基づく行動療法が展開されていきます(大芦 2016、三田村 2017)。

レスポンデント条件づけに基づく行動療法

 行動療法は、1940年代の末頃にWolpe,J.が系統的脱感作を開発したことで、本格的に臨床で利用されるようになっていきました。Wolpe,J.は、恐怖によって摂食行動が抑制されたネコを、恐怖を感じないゲージの中に移し、そこで摂食行動を強化した後に、段階的に当初恐怖条件づけで用いたゲージと類似したゲージに移して同様の手続きを実施することで、摂食行動が抑制されない状態にしました。そして、この実験をヒントに、系統的脱感作を完成させていきました。系統的脱感作とは、不安に相反する感情を喚起させることで不安が相殺される逆制止という現象に基づく介入技法です。系統的脱感作は、(1)さまざまな刺激場面がどれくらいクライエントにとって不安を引き起こすものか得点をつけてもらう。(2)筋弛緩法によってリラクセーションをおこなう練習を十分してもらう。(3)不安のテーマごとに不安階層表を作成する。(4)筋弛緩法をおこないリラックスした状態で、不安を引き出す刺激をイメージしてもらうか不安を引き出す刺激を直接観察してもらう。といったステップで実施されます。Wolpe,J.は、系統的脱感作のほかにも、レスポンデント条件づけに基づいて、アサーション・トレーニングも開発しています(大芦 2016、三田村 2017)。

 系統的脱感作は、その後研究が進む中で、逆制止にあたる筋弛緩法なしでも、クライエントが不安の刺激にさらされるだけで効果があることが明らかになっていき、リラクセーションを含まないエクスポージャーという技法へと洗練されていきました。エクスポージャーは、人が不必要に回避している嫌悪的もしくは不快な状況、物、場所に自らを曝露することです。クライエントの苦痛が、(1)治療前の水準よりも低くなり、(2)クライエントにとってアクセプトできる水準に減少するまで、恐怖刺激あるいは刺激表象に、意図的に、計画的に暴露することは、エクスポージャー療法とも呼ばれ、CBTの一技法であり、独立した介入法でもあります。エクスポージャーには、イメージ・エクスポージャーや内部感覚エクスポージャー、バーチャル・リアリティ・エクスポージャーや、現実エクスポージャーなど様々なタイプのものがあります。このうち内部感覚エクスポージャーは、例えばめまいに対して頭を左右に振ったり、息を止めたりして内部感覚を意図的に作り出し曝露を進めていきます(三田村 2017、Sisemore,T.A. 2012)。

 エクスポージャーを応用した治療法のひとつに持続エクスポージャー(Prolonged exposure therapy : PE)があります(Sisemore,T.A. 2012)。PEは、トラウマの被害者がトラウマの体験を情動的に処理していくことを助ける方法です。PEは、週に1~2回、1回90分のセッションを、合計10~15セッションおこないます。プログラムでは、治療のプログラムと手続きや呼吸再調整法を学びつつ、エクスポージャーを進めていきます(Barbara.O.R.et.al 2007)。

オペラント条件づけに基づく行動療法:応用行動分析

 条件づけによって学習される行動はみな同じと考えられていましたが、Skinner,B.F.は、条件付けには古典的条件づけとオペラント条件づけという2種類があることを主張しました。そして、オペラント条件づけの原理を利用した行動療法を展開していきました(大芦 2016)。

 Skinner,B.Fが築いた行動に関する科学は、行動分析と呼ばれます。行動分析には、実験や応用といったいくつかの側面があり、それぞれ実験的行動分析や、応用行動分析と称されます。このうち、応用行動分析では、実験に基づいて記述された基本原理が、現実世界で起こる様々な問題に応用されます(Niklas,T. 2009)。
 応用行動分析では行動変容を目指して対象とする行動を標的行動と呼びます。そして、標的行動がどのくらいの頻度で生じているかを確認する期間であるベースライン期を設け、ベースラインやベースライン水準などと呼ばれる標的行動の自発頻度を測定します。ベースライン期の反応出現頻度は、オペラント・レベル、ベースライン反応率などとも呼ばれます。またベースライン期には、問題行動の原因を推定します。そこでおこなわれる推測は、行動の機能分析と呼びます。そして、介入や介入プログラムと呼ばれる行動を変容させるための手続きを、機能分析に基づいて立案します(坂上・井上 2018、島宗 2019)。

 レスポンデント条件づけに基づく行動療法では、系統的脱感作やエクスポージャーのような個人に働きかける技法が中心でしたが、オペラント条件づけに基づく応用行動分析では、シェイピングやトークン・エコノミーなどの環境へ働きかける技法が中心となります(三田村 2017)。
 シェイピングは、標的行動に近い行動を徐々に分化強化していくことで新しい行動を教えることです(Alberto P.A., Troutman,A.C. 1999)。
 トークンエコノミーは、貨幣代理を正の強化として用いることで、ねらいとする行動の変容や習慣の形成・維持をおこなうものです。トークンとは貨幣代理を意味します。具体的には、正の強化として望ましい行動の生起に随伴してトークンが与えられます。そして、トークンを一定量集めることで大きな利益を得ることができるようにします(坂野 2005)。

 これら2つの行動療法の系譜のうち、レスポンデント条件づけに基づく行動療法は、その後、認知心理学などの影響を受けて誕生した認知療法とあわさり、認知行動療法となっていきます。このパラダイムシフトによって、認知行動療法は第2世代、それ以前の行動療法は第1世代と称されます。そして、第1世代の行動療法、第2世代の認知行動療法に続いて、第3世代としてマインドフルネスが注目されています。マインドフルネスとは、特定の介入技法とそれによって達成される心理状態という2つの意味をもちます。この第3世代には、マインドフルネス認知療法や、メタ認知療法などが該当します(杉浦 2008、三田村 2017)。

 一方で、オペラント条件づけに基づく行動療法とされる応用行動分析は、それとは異なった系譜をたどります。レスポンデント条件づけに基づく行動療法が、第2世代で認知というブラックボックスを新たに刺激と行動の間に置いたことで理論や技法を拡張していった一方で、オペラント条件づけに基づく応用行動分析には、そもそも刺激と行動を取り巻く文脈に行動を求めるという世界観がありました。S-Rという刺激と反応の分析単位の限界を、刺激に反応する主体を導入することでS-O-Rとして拡張しようとしたレスポンデント条件づけに基づく行動療法に対して、S1-R-S2を分析単位とするオペラント条件づけに基づく行動療法では、Oを仮定せずに行動の変動制と随意性を説明することができました。そのため、レスポンデント条件づけに基づく行動療法が、認知行動療法とあわさって認知行動療法となったようなパラダイムは生じませんでした(三田村 2017、丹野 2019 )。

 しかし、行動分析学は関係フレーム理論という人間の思考や言語の核となる原理を扱うようになったことで、臨床行動分析として対話形式の心理療法へと発展していきます。臨床行動分析のように文脈を重視するものに、ACT、弁証法的行動療法、機能分析心理療法があります。そして、これらは、同時期に提唱されたマインドフルネス認知療法や、メタ認知療法といった、レスポンデント条件づけに基づく行動療法の系譜における第3世代とあわせて、第3世代の行動療法や第3の波などと称されます(三田村 2017)。

 ACT(Acceptance and Commitment Therapy)とは、Hayes,S.C.、Strosahl,K.D.、Wilson,K.G.によって体系化された、機能的文脈主義にもとづく心理療法です。広い意味での認知・行動療法の一つで、特にルール支配行動や関係フレーム理論をもとに開発された、臨床行動分析に属する心理療法です。(三田村 2017)。ACTでは、アクセプタンスとマインドフルネスのプロセス、そしてコミットメントと行動活性化のプロセスを用いて、心理的柔軟性を生み出します。心理的柔軟性とは、意識ある人間として、全面的に、不必要な防衛がない状態で「今、この瞬間」と、それが何と言われるかということではなく、あるがままのものとして接触しながら、自らが選んだ価値のために、行動を維持または変化させていくことです。つまり、心理的柔軟性は、①「『今、この瞬間」への柔軟な注意」、②「文脈としての自己」③「選択された価値」、④「コミットされた行為」、⑤「脱フュージョン」、⑥「アクセプタンス」といった6つのコア・プロセスによって生み出されます。そして、①、②、③、④はコミットメントと行動活性化のプロセス、①、②、⑤、⑥はマインドフルネスとアクセプタンスのプロセスとみなされ、6つのプロセス全てが一緒に機能している状態が「心理的柔軟性」です。この心理的柔軟性も出るに基づいている限り、用いる人がそう呼ぶと決めたなら、どんな方法もACTと呼ぶことができます(Hayes,S.C., Strosahl,K.D., Wilson,K.G. 2012)。

 弁証法的行動療法とは、1987年に境界性パーソナリティ障害のための包括的治療法として、Linehan,M.により体系づけられた認知行動療法の一つです。弁証法的行動療法は、個人心理療法、集団心理療法、電話コンサルテーション、セラピストに対するケースコンサルテーションの4つから成立しています。弁証法的行動療法には、弁証法、マインドフルネス、行動分析学の発想が用いられています(Spradlin,S.E. 2003、三田村 2017)。

関連問題

●2022年-問37問39 ●2021年-問54 ●2018年(追加試験)-問60

引用・参考文献

  • Alberto P.A., Troutman,A.C. 1999 Applied Behavior Analysis for Teachers : Fifth Edition. Prentice-Hall, Inc. 佐久間徹・谷晋二・大野裕史(訳) 2004 初めての応用行動分析 二瓶社
  • Hayes,S.C., Strosahl,K.D., Wilson,K.G. 2012 Acceptance and Commitment Therapy The Process and Practice of Mindful Change. SECOND EDITION. The Guilford Press. 武藤崇・三田村仰・大月友  2014 アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)<第2版> マインドフルな変化のためのプロセスと実践 星和書店
  • 三田村仰 2017 はじめてまなぶ行動療法 金剛出版
  • 武藤崇・三田村仰 2011 コミットメント・セラピー 並立習慣パラダイムの可能性 心身医学51 1105-1110
  • 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁枡算男・立花政夫・箱田裕司(編) 1999 心理学辞典 有斐閣
  • Niklas,T. 2009  Learning RFT An Introduction to Relational Frame Theory and Its Clinical Application. Context Press. 山本淳一(監修) 2013 関係フレーム理論(RFT)をまなぶ 星和書店
  • 大芦治 心理学史 ナカニシヤ出版
  • 坂上貴之・井上雅彦 2018 行動分析学 行動の科学的理解をめざして 有斐閣アルマ
  • 坂野雄二(監修) 鈴木伸一・神村栄一(著) 2005 実践家のための認知行動療法テクニックガイド 行動変容と認知変容のためのキーポイント 北大路書房
  • 島宗理 2019 応用行動分析学 ヒューマンサービスを改善する行動科学 新曜社
  • Spradlin,S.E. 2003 Don’t let your emotions run your life. How dialectical behavior therapy can put you in control. New Harbinger Publications,Inc. 斎藤富由起(監訳) 2009 弁証法的行動療法ワークブック あなたの情動をコントロールするために 金剛出版
  • 杉浦義典 2008 マインドフルネスにみる情動制御と心理的治療の研究の新しい方向性 感情心理学研究16(2) 167-177
  • 丹野貴行 2019 徹底行動主義について 三田哲學會142. 9-42