ストレス

ストレス

 ストレスとは、心身の適応能力に課せられる要求、およびその要求によって引き起こされる心身の緊張状態を包括的に表わす概念です。心身の適応能力に課せられる要求をストレッサー(stressor)、要求によって引き起こされる心身の緊張状態をストレス反応(stress response)またはストレイン(strain)とも呼びます(中島他 1999)。このように、ストレスという言葉は、ストレッサーとストレス反応という2つの要素を含んでいます。

ストレス反応

 ストレスという語を科学論文の中で初めて使用したのは、キャノン(Cannon,W.B.)です(坂部 1993)。キャノンは、20世紀前半に、生体が恐怖や怒り、痛みにさらされると、副腎ホルモンの分泌が増加し、生命維持に欠かせない器官への血液流入、心臓の活動増加、血糖の上昇などが生じることを示しました。そして、こういった体の変化は、恐怖や怒り、痛みといったものがおそらく関係するだろう闘いの場面において、有機体がより効果的に立ち回るために、有用な変化であると意味づけました(Cannon,W.B.  1914) 。この反応は「闘争-逃走反応(fight or flight response)」と呼ばれます(坂部 1993)。

 続いて20世紀中ごろには、セリエ(Selye,H. 1936)が、生体を有害刺激にさらすと、副腎皮質の肥大、胸腺・リンパ腺の萎縮、胃・十二指腸潰瘍という生理的変化が生じることを明らかにしました。セリエは、これを非特異的なストレスへの適応反応であると考え、「汎(一般)適応症候群(the General Adaptation Syndrome)」と名づけました。汎適応症候群は、「警告反応」、「抵抗の段階」、「消耗の段階」の3つの段階からなり、警告反応にあらわれる特徴的な症状のほとんどは、抵抗の段階では消失するか逆転し、疲弊の段階で再び現れるとされます(Selye,H. 1950)。

 これ以降、ストレスが内分泌系、自律神経系、免疫系などに及ぼす影響について多くのことが明らかにされています。ストレスの種類によって使用される経路は異なり、情動的・心理的ストレスは大脳皮質や大脳辺縁系を経由して視床下部の室傍核に伝わり、身体的ストレスは大脳皮質を経由せずに末梢からの情報が直接視床下部の室傍核に伝わります(坂井・久光 2017)。その後、下垂体から信号が伝達されていき、ストレス反応系である「視床下部-下垂体前葉-副腎皮質系(HPA 系)」と「視床下部-交感神経-副腎髄質系(SAM 系)」を活性化させます。HPA系では、視床下部で生産された、副腎皮質ホルモン放出ホルモン(CRH)が、下垂体前葉からの副腎皮質刺激ホルモンの分泌を促します。HPA 系が活性されると血液中に糖質コルチコイド(コルチゾールなど)が放出されます。コルチゾールは副腎から分泌されるステロイドホルモンで、ストレス対応ホルモンとして、循環器機能、エネルギー代謝を高めるほか、中枢神経細胞の刺激閾値を低下させ、興奮性を高めたり、肝臓において糖新生(血中の糖が少なくなったとき、肝臓でグリコーゲン以外のものからグルコース合成し、足りない糖を補うこと)を促進して血糖を上昇させたりします。また、SAM 系が活性化されると、交感神経系と、発生学的に交感神経系の一部である副腎随質が連携して生理作用を発揮し、副腎髄質ではアドレナリンが産出されます(田中・脇田 2011、医療情報科学研究所 2012)。交感神経系は副交感神経系と相反する役割をになっており、交感神経系の活動が亢進すると、気管支の拡張、血圧の上昇、瞳孔の散瞳、発汗の増大などが生じます(医療情報科学研究所 2011)。また、こういった生理学的な変化とともに、不安や怒り、抑うつといった精神的なストレス反応も生じます(中野 2005)

 このようなストレス反応は、強かったり長期間続くと、血圧や血糖の上昇から高血圧や糖尿病になったり、生殖機能の低下や免疫機能の低下なども引き起こされます(坂井・久光 2017)。

ストレッサー

キャノンやセリエに代表されるストレス反応に関する研究が進む一方で、ホームズとレイ(Holmes,T.H. & Rahe,R.H. 1967)は、ストレッサーとしての、人生に大きな影響を及ぼす出来事や生活上の大きな変化(ライフイベント)に着目しました。ホームズとレイは、被験者に、結婚を基準として様々なライフイベントへ適応する際にどの程度の努力と時間が必要かを評価してもらい、社会的再適応評価尺度を作成しました。それによると、最も得点が高かったものは、「配偶者の死亡」でした。次いで「離婚」、「夫婦の別居」、「刑務所への入所」、「近親者の死亡」、「人身事故・病気」、「結婚」と続きます。尺度には、他にも「妊娠」や「新しい家族ができる事」なども含まれているように、社会的な望ましさではなく、既存の定常状態からの変化が大きな意味を持つことが示唆されています。

 その後、カナーら(Kanner,A. et al 1981)は、日常生活における出来事に目を向け、常的な煩わしさや気分を高める出来事を評価することは、通常のライフイベントを評価するよりも、適応を予測する上でより有用であることが示しました。

媒介要因

 こういったストレッサーの質や強さのみからストレス反応が決まるわけではありません。個人の特性や個人が身を置く環境の影響を受けると考えられています。困難や驚異的な状況にもかかわらず、うまく適応する過程、能力、結果はレジリエンスと呼ばれます(Masten,A.S. et. al 1990)。

 フリードマンとローゼンマン(Friedman,M. & RosenmanR.H 1959)によって提唱されたタイプA行動パターンは、そういった個人の特徴のひとつです。フリードマンとローゼンマンは、(1)通常目標とするに足りない目標を達成しようとする強烈で持続的な意欲、(2)競争することに対する強い傾倒と熱望、(3)承認と出世に対する持続的な欲求、(4)締め切りのような常に時間的な制約を受ける複雑で多岐にわたる役割に継続的にかかわること(5)多くの身体・精神な実行機能を高めるための習慣、(6)精神・身体の過覚醒、といった特徴を持つ人々をタイプA、その逆をタイプB、タイプBと似ているけれど慢性的な不安や不確実感をもつタイプCとし、各々を比較しました。その結果、タイプAの人々は、冠動脈疾患の発生率などが他の群と比較して高いことが示されました。その後、ウィリアムズら(Williams, R.B.et.al 1980)によって、他者を悪者、利己的、搾取的とする敵意が冠動脈疾患により強く関連していることが示されています。また、タイプAの行動を変えることで、心筋梗塞後の患者の心臓病と死亡率が減少することが示されています(Friedman,M 1986)。

 ラザルスとフォークマン(Lazarus,R.S.&Folkman,S. 1984)は、環境と個人との相互作用(transactional)を強調する心理的ストレス・モデルを提唱しました。個人が環境からの要求に直面した場合、それが無関係か、関係があっても無害だったり肯定的な性質のものか、それともストレスフルなものか、といった一次的な評価がなされます。そこで、それがその個人にとって重要な関わりをもち、害や脅威、対処努力をもたらすものであると評価されると、ネガティブな情動(抑うつ、不安、怒り、いらいらなど)が喚起されます。また、二次的評価として、その要求をコントロールできるか否かの評価がなされ、情動の種類や強度を規定します。このように、環境からの要求そのものが直接ストレス反応を引き起こすのではなく、要求の有害性やコントロール不可能性の評価がなされることによって、その要求はストレッサーとなり、情動的ストレス反応を引き起こすものとなるのです。

コーピング

 ストレッサーによって引き起こされたストレス反応を低減することを目的とした認知的または行動的努力のプロセスをコーピングといいます(中島他 1999)。ラザルスは、コーピングを問題中心対処と情緒中心対処とに二分しました。問題中心対処と情緒中心対処は、それぞれにいくつかの異なる種類の対処法から構成されています。問題中心対処は、問題そのものに焦点をあて、問題を明らかにしていくつもの解決方法を考え、その中から最も有効で犠牲の少ない解決方法を見出し、実行したりする方法です。情緒中心対処は、状況や結末の意味を変え、その状況をコントロールしているという感覚を持つことにより、精神的安定を保つようにする方法で、コントロールできない状況へ自分自身を適応させる二次的コントロールです。情緒中心対処に類する、自分自身の感情をコントロールしたり、ストレスとなる出来事に肯定的な意味を持たせたりする努力は、直接ストレッサーに働きかけるわけではないので問題の解決はできませんが、抑うつや不安感を軽減する効果があります。

 ストレス反応を減らすという視点も重要ですが、Caplan,G(1967)は、不適応が生じないようにするという視点の重要性も指摘しています。Caplan,G.(1967)は、予防について一次予防、二次予防、三次予防を区別し、予防プログラムの重要性について述べています。一次予防とは、環境を調整したり個人の対処能力を強化することで、新たな問題の発生を予防することを目的とするものです。二次予防とは、一次予防ののちに生じてしまう精神疾患を患っている期間を短縮することを目的とするものです。三次予防は地域社会への不適応率を下げることを目的とするものです。

関連問題

●2022年-問10問19問20問22問96問98 ●2019年-問119 ●2018年(追加試験)-問100問112問130 ●2018年-問25問95  

参考文献

  • Cannon, W.B 1914 The emergency function of the adrenal medulla in pain and major emotions. Am. J. Physiol. 33 356-372
  • Caplan,G. 1967 Perspectives on Primary Prevention. Archives of General Psychiatry, 17(3), 331–346.
  • Friedman M, Rosenman RH 1959  Association of specific overt behavior pattern with blood and cardiovascular findings clinical coronary artery disease. Blood cholesterol level, blood clotting time, incidence of arcus senilis and clinical coronary artery disease. JAMA 169 1286-1296
  • Friedman,M., Thoresen,C.E., Gill,J.J., Ulmer,D.,Powell,L,H., Price,V.A., Brown,B. Thompson,L., RabinD.D,& Breall,W.S 1986 Alteration of type A behavior and its effect on cardiac recurrences in post myocardial infarction patients: Summary results of the recurrent coronary prevention project. American Heart Journal 112(4) 653−665
  • Holmes,T.H. & Rahe, R.H. 1967 The social readjustment rating scale. Journal of Psychosomatic Research11 213-218
  • 医療情報科学研究所 2011 病気が見えるvol.7. 脳・神経 第1版 メディックメディア
  • 医療情報科学研究所 2012 病気がみえるvol.3 糖尿病・代謝・内分泌 第3版 メディックメディア
  • Kanner,A., Coyne,J.C., Schaefer,C. & Lazarus,R.S. 1981 Comparison of two modes of stress measurement  Daily hassles and uplifts versus major life events. Jpurnal of Behavioral Medicine, 4 1-39
  • Lazarus,S. R. & Folkman,S., 1984 Stress, Appraisal, and Coping 本明寛・春木豊・織田正美(監訳) 1991 ストレスの心理学 実務教育出版
  • Masten,A.S., Best,K.M.,Garmezy,N  1990  Resilience and development: Contributions from the study of children who overcome adversity. Development and Psychopathology, 2(4), 425–.444
  • 中野敬子 2005 ストレス・マネジメント-自己診断と対処法を学ぶ‐ 金剛出版
  • 中島義明・安藤清志・子安増生・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田裕司(編) 1999 心理学辞典 有斐閣
  • 坂部弘之 1993 ストレス小論 公衆衛生研究42(3)p.366-374
  • 坂井建雄・久光正(監修) 2017 ぜんぶわかる 脳の事典 成美堂出版
  • Selye, H 1936 A syndrome produced by diverse nocuous agents. Nature, 138,32
  • Selye,H 1950 stress and the generaladaption syndrome British Medical Journal, 1, 1383-1392.
  • 田中喜秀・脇田慎一 2011 ストレスと疲労のバイオマーカー 日薬理誌137 p.185-188
  • Williams, R.B.,Haney, T. L., Lee, K. L., Kong, Y.-H., Blumenthal, J. A., & Whalen, R. E. 1980 Type A behavior, Hostility, and Coronary Atherosclerosis.  Psychosomatic Medicine, 42(6), 539–549.