犯罪理論

犯罪理論

非行理論

 非行に関する理論は様々なものが提唱されています。それらはおおまかに、緊張理論、文化的逸脱理論、コントロール理論、ラベリング理論に大別できると考えられます(大村・宝月 1979)。

 緊張理論では、人々は社会的に生み出された欲求不満、緊張、葛藤、社会的不満、相対的欠乏感などを減少させたり、解決しようとして犯罪を犯すと考えられています。Merton,R.K.の緊張理論は典型とされます(森田1995)。

 文化的逸脱理論は、社会的に確立されている法規範と矛盾したり容認されない逸脱的な文化に同調することが犯罪の原因であるとする考えです。Sellin,T.の分化葛藤論や、Sutherland,E.H.の分化的接触論などがこれにあたります。また、Cohen,A.K.の非行下位文化理論も部分的にここに含まれます(森田1995)。
  Sutherland,E.H.(1940)は、ホワイトカラーの犯罪を取り上げ、犯罪が貧困に起因するという考えは間違えであるとし、ホワイトカラーの犯罪と下層階級の犯罪の両方を説明できるような犯罪行動理論が必要であるとしました。そして、犯罪行動の説明として9つの命題を挙げています。

  1. 犯罪行動は学習される。
  2. 犯罪行動はコミュニケーションの過程における他者との相互作用の中で学習される。
  3. 犯罪行動学習の主要な部分は、親密で個人的な集団の中で生じる。
  4. 犯罪行動が学習された時には、そこには(a)時に複雑で時に単純な、犯罪にコミットする技術、(b)特定の動機、動因、合理化、態度が含まれる。
  5. 特定の方向性や動機、動因は、法規範を好ましいものとして定義するか、好ましくないものとして定義するかによって学習される。
  6. 法律違反を好ましいとすることが、好ましくないとすることを上回ることで、人は犯罪者になる。
  7. 分化的接触は、頻度、期間、優先性、強度において様々である。
  8. 犯罪集団と非犯罪集団によって犯罪行動を学習する過程は、他のいかなる学習に含まれる全てのメカニズムを含んでいる。
  9. 犯罪行動は一般的な欲求や価値観の表現であるが、非犯罪行動も一般的な欲求や価値観の表現なので、それら一般的な欲求や価値観によって説明することはできない。

 このうち6は、分化的接触の原理であり、犯罪集団に接触し、また非犯罪集団から離れることによって、人は犯罪者になるのだとしています(Sutherland,E.H 1947)。

 

 コントロール理論では、犯罪行動が表れるのを抑制している要素が弱まったり、欠如したり、機能障害に陥った場合に発生すると考えます。この、コントロールに関連する理論群には、Matza,D.のドリフト理論、Hirschi,T.の社会的絆理論などが含まれます(森田1995)。
 Sykes,G.M.,& Matza,D.(1957)は、非行少年は逸脱行為を正当化することで、支配的な規範体系にコミットしながら、違反が「正しい」とはいえないまでも「許容できる」ようにするのだと考えました。こうした逸脱行動の正当化を「中和化の技術」と呼んでいます。そして、少年が非行に走るのは、支配社会の道徳的要請や価値観、態度に真っ向から対立するためではなく、こうした技術を学んだためであると考えています。このような考えを背景に、Matza.D.(1964)は、非行少年のイメージを自由と統制の間を漂う漂流者に例えています。
 Hirschi,T.(1969)は、緊張理論が「なぜ人々が規範に従わないのか」を説明しようとするのに対し、社会的コントロール理論は「なぜ人々は規範に従っているのか」を説明しようとするものであるとし、自身の理論を社会的コントロール理論に位置づけて展開しています。その中で、社会に対する個人の絆が弱くなったり、失われる時非行は発生するとみなし、絆の要素として、愛着、コミットメント、巻き込み、規範観念をあげています。このうち、人が法を侵犯したときの結果に対する恐怖から規則に従うことがあるとし、こうした合理的側面の要素をコミットメントと呼んでいます。そして、人が逸脱行動をするかしないか考える時には必ず、逸脱がもたらすコスト、すなわちそうした社会の既存の枠組みにそった行動をとってきたこれまでの投資を失うかもしれないというリスクに、思いを巡らさざるを得ないとしています。

 ラベリング理論は、コントロール理論と同様「逸脱への社会的反作用」を社会統制の重要な要素とみなし、社会の統制過程を理論化している点で広義のコントロール理論ととらえることもできますが、コントロール理論が統制の弛緩によって逸脱が生じると考えるのに対して、ラベリング理論は統制の強化によって逸脱が生じると考えます(森田1995)。

犯罪者処遇・更生理論

 犯罪者の評価と治療のモデルとして、Risk-Need-Responsivity(RNR)モデルが知られています。RNRモデルはその名前が示唆するように、3つの原則に基づくモデルです。3つの原則とは、

  • Riskの原則:治療のレベルを犯罪者の再犯危険性に合わせる。
  • Needの原則:犯罪を生じさせたニーズを評価し、それを治療のターゲットにする。
  • Responsivityの原則:認知的行動的介入と、個人の学習スタイルやモチベーション、能力や強みに合わせた介入によって、犯罪者がリハビリテーション介入から学ぶ力を最大限に引き出す。

といったものです。

 つまり、再犯の危険性は、評価法の向上によって適切に予測ができるようになっているため、そのリスクに合わせた治療をおこなう必要があるとします。そして、治療的な介入は、介入によって変化の乏しい静的なリスク要因に対してではなく、犯罪行為に直接関連する動的なリスク要因に焦点を合わせます。犯罪者の持つ様々なニーズのうち、犯罪行動を主に誘発するものは、「セントラル・エイト」リスク/ニーズとして知られています。それは、①衝動的で、冒険的な喜びを求め、落ち着きがなく、攻撃的で怒りっぽい反社会的パーソナリティ傾向、②犯罪の合理化や、法に従うことに対する否定的な態度にあらわれる犯罪予備軍的な態度、③犯罪者の友達や、社会から孤立することなどの犯罪に対する社会的なサポート、④お酒や薬物の乱用、⑤親の不適切な監視やしつけ、家族関係の悪さといった家族や夫婦の交流のあり方、⑥学業不振や、低い満足度などにあらわれる学校や仕事のあり方、⑦社会的なレクリエーションや余暇活動への関与の欠如といった社会的レクリエーション活動の在り方、⑧犯罪歴です。これらのうち、静的なリスク要因である犯罪歴を除く7つのニーズを評価し、治療の標的にしていきます。そして、治療によって、犯罪者的な態度から向社会的な態度へと変化することで、犯罪的な行動は減り、向社会的な行動が増えるとします(Bonta, J. & Andrews, DA. 2007)。

 このRNR理論を超える、もしくは包括するとされるものに、Good Lives Model<GLM>があります。GLMは、2000年代の初頭より、ニュージーランドの心理学者Ward.Tらによって提唱された犯罪者処遇・更生に関する理論的枠組みです。Ward,T.らは、RNRモデルの有用性を評価しつつ、その限界を補完しあうものとして、GLMを展開しました(相澤 2019)。
 GLMは、人間が自分に有益で主観的な幸福感をもたらす活動や経験を積極的に求めるというポジティブ心理学と共通の前提を持っています(Barnao, M. et al 2010)。
 GLMの中核的な考えは、全ての意味のある人間の行動は、一次的財(primary goods)を得ようとする試みを反映しているというものです。一次的材とは、人間にとって本質的に有益とみなされるもので、それゆえに、根本的な目的に至るための手段としてでなく、それ自身がもつ価値によって求められるものです(Ward,T.& Stewart,C.A. 2003)。具体的には①生命(健康な生活と身体機能を含む)、②知識、③仕事と遊びにおける卓越性(喜びや熟練の経験を含む)、④主体性(自律性と自己決定)、⑤内なる平穏(情緒的混乱とストレスからの解放)、⑥友情(親密,恋愛,家族関係を含む)、⑦コミュニティ、⑧スピリチュアリティ(広い意味で人生の意味や目的を見つけること),⑨幸福、⑩創造性といったものです。これらの財のうち、何を優先させるかは個人や文化によって異なるとされます(Barnao, M. et al 2010)。
 一次的財を得るために取られる方法は、スキル、能力、学習歴、性別、学歴、仲間、家族のサポート、機会など、個人の内外の要因に左右されます。人は、自分が用いることができる方法を使って、一次的財の実現を通して、一連の人間の欲求を満たすために最善を尽くすことになります。この観点からすると、犯罪は、個人の限界(例:低学歴、衝動性、認知障害、トラウマの経験、内面化された偏見)と不利な環境(例:家族の機能不全、犯罪仲間、貧困、疎外、人種差別)の中で一次財を手に入れようとする試みといえます。つまり、問題は、ある一時財を得るために用いられる活動にあると考えるのです。そこで、GMLは、犯罪者への治療において、2つの点に焦点を当てます。それは、個人の重要な個人的な目標を促進すると同時に、彼らの再犯の危険性を減らし、管理することです。主な目標は、犯罪者に異なった種類の人生を送るために必要なスキルや価値観、態度、資源を身に着けさせることです。犯罪者が個人的に有意義で満足のできる人生を送れるように支援することで、彼らが得られる一次的財の範囲と質を効果的に高めることができるとします(Barnao, M. et al 2010)。

関連問題

●2022年-問42問71 ●2020年-問141 ●2019年-問98 ●2018年(追加試験)-問22

引用・参考文献

  • 相澤育郎 2019 グッドライフモデルと犯罪・非行からの立ち直り 犯罪社会学研究44.11-29
  • Barnao, M., Robertson, P., & Ward, T. (2010). Good Lives Model Applied to a Forensic Population. Psychiatry, Psychology and Law, 17(2), 202–217.
  • Bonta, J. & Andrews, DA. 2007 Risk-need-responsivity model for offender assessment and rehabilitation Rehabilitation 6 (1), 1-22
  • Hirsch, T., 1969, Cause of Delinquency, Berkeley: University of California Press. 森田洋司・清永新二監訳 1995 非行の原因―家庭・学校・社会のつながりを求めて 文化書房博文社.
  • Matza,D., 1964, Delinquency & Drift, New York: Wiley
  • 森田洋司 1995 解説 ハーシの社会的絆の理論-あとがきにかえて- 森田洋司・清永新二監訳『非行の原因―家庭・学校・社会のつながりを求めて』文化書房博文社
  • 大村英昭・宝月誠 1979 逸脱の社会学 烙印の構図とアノミー 新曜社
  • Sutherland,E.H. 1940 white collar criminality sociological review5(1)p.4-12
  • Sutherland, E. H.  1947  Principles of criminology (4th ed.). J. B. Lippincott
  • Sykes,G.M., Matza,D.  1957  Techniques of Neutralization A theory of delinquency American Sociological Review, Vol. 22, 6  pp. 664-670
  • Ward, T., & Stewart, C. A. (2003). The treatment of sex offenders Risk management and good lives. Professional Psychology Research and Practice, 34(4), 353–360.