注意欠如・多動性障害

注意欠如・多動性障害

 注意欠如・多動性障害(Attention-deficit/hyperactivity Disorder : AD/HD)は、1902年にスティル(Still,G.M)が、攻撃的で反抗的になりやすく、抑制が効かず、注意の維持困難な子どもたちを報告したことがはじめとされます。1918年には北米で脳炎が流行し、その後遺症として落ち着きのなさや易刺激性、注意の転導などを呈することから、これらの行動と脳損傷との関係があると考えられるようになります。

 1947年には、ストラウス(Strauss,A.A)が、周産期の脳損傷や感染、出産時の低酸素脳症などに罹患した子どもを脳損傷児と呼び、多動性、衝動性との関連を示しました。さらに1959年にはパザマニック(Pasamanick,B.)は、周産期の脳障害は連続体をなし、重度の者は脳性麻痺や知的障害になり、軽度の者は粗大な神経症状は出ないが行動異常を呈すると考え、微細脳損傷(minimal brain damage : MBD)という概念を提唱しました。しかし、1960年代に入ると脳損傷という用語を使用することへの批判などから、1962年に微細脳機能障害(minimal brain dysfunction)へと名前を変えることになります。その後、はっきりした脳の器質的異常が捉えられなかったこと、症状の多様性による診断の混乱、脳損傷や脳機能不全の烙印をおすことへの抵抗などから、診断にあたって原因から行動特性へと主眼を置くようになっていきます。そして、1968年のDSM-Ⅱでは、小児期の多動症候群、小児期の多動性反応といった診断分類が提出されました。

 1970年代には、多動のほかに不注意症状が注目されていきます。多動を示す子どもは注意力の低下が伴いやすいことが次第に明らかになり、多動性は注意の維持困難や衝動性のコントロール障害による二次的なものであるという研究などから、1980年のDSM-Ⅲでは注意欠如障害(Attention deficit disorder : ADD)とされ、多動を伴うものと伴わないものという下位分類が設けられました。しかしDSM-Ⅲ-Rでは、注意欠如多動性障害(Attention Deficit Hyperactivity Disorder : ADHD)と診断の枠組みが再編され、多動性、衝動性、不注意のすべてを含む疾患概念となりました。

 このように、ADHDの症状は、不注意、多動性、衝動性が中核です。不注意に関しては、細部を見過ごして作業が不正確になったり、会話や読書に長時間集中することができなかったり、必要なものをよくなくしてしまったりといった行動に見て取ることができます。また、多動性や衝動性は着席が求められる状況で離席が多かったり、まるでエンジンで動かされているように行動したり、会話の順番を待つことができなかったりといった行動に見て取れます。こういった様々な状態が社会生活に影響をあたえるほど非常に多く、かつ6か月以上みられること、さらにそれらのいくつかは12歳になる前からあったことなどが診断のポイントとなります。

参考文献

  • 太田豊作 2017 注意欠如・多動症(ADHD)概念の変遷
  • 小野次朗・上野一彦・藤田継道(編) よくわかる発達障害 第2版 よくわかる発達障害 ミネルヴァ書房
  • 高橋三郎・大野裕(監訳) 2014 DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引き 医学書院
  • 橋本俊顕 2008 ADHDの歴史 臨床精神医学37(2)121-127
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