注意欠如・多動性障害

注意欠如・多動性障害

 注意欠如・多動性障害(Attention-deficit/hyperactivity Disorder : AD/HD)が医学的疾患概念として学術的に記載されたのは、1902年にStill,G.Mによる報告が最初であるとされます。Still,G.Mは、43例の攻撃性、反抗性、感情的になりやすい、抑制の効かない、注意の維持困難な、ルールに則った行動ができない子どもたちを報告しました。1918年には北米で脳炎が流行し、その後遺症として落ち着きのなさや易刺激性、注意の転導などを呈することから、これらの行動と脳損傷との関係があると考えられるようになっていきました。そして、1959年にはKnoblockとPasamanick,B.が、周産期の脳障害は連続体をなし、重度の者は脳性麻痺や知的障害になり、軽度の者は粗大な神経症状は出ないが行動異常を呈すると考え、微細脳損傷(minimal brain damage : MBD)という概念を提唱しました。しかし、1960年代に入ると脳損傷という用語を使用することへの批判などから、1962年に微細脳機能障害(minimal brain dysfunction)へと名前を変えることになります。その後、はっきりした脳の器質的異常が捉えられなかったこと、症状の多様性による診断の混乱、脳損傷や脳機能不全の烙印をおすことへの抵抗などから、診断にあたって原因から行動特性へと主眼を置くようになっていきます。そして、1965年のICD-9、1968年のDSM-Ⅱでは、MBDの行動面の異常が、それぞれ小児期の多動症候群、小児期の多動性反応として名づけられました。
 その後、多動を示す子どもは注意力の低下が伴いやすいことが次第に明らかになり、注意機能や実行機能の障害に注目が集まるようになっていきました。多動性は注意の維持困難や衝動性のコントロール障害による二次的なものであるという研究結果が報告されたことなどから、1980年のDSM-Ⅲでは注意欠如障害(Attention deficit disorder : ADD)という名称となり、その下位分類として、多動を伴った注意欠如障害や、多動を伴わない注意欠如障害などが設けられるようになりました。しかしDSM-Ⅲ-Rでは、注意欠如多動性障害(Attention Deficit Hyperactivity Disorder : ADHD)と診断の枠組みが再編され、多動性、衝動性、不注意のすべてを含む疾患概念となりました(橋本 2008、太田 2017)。
 このように、ADHDの症状は、不注意、多動性、衝動性が中核です。不注意に関しては、細部を見過ごして作業が不正確になったり、会話や読書に長時間集中することができなかったり、必要なものをよくなくしてしまったりといった行動に見て取ることができます。また、多動性や衝動性は着席が求められる状況で離席が多かったり、まるでエンジンで動かされているように行動したり、会話の順番を待つことができなかったりといった行動に見て取れます。こういった様々な症状が6か月以上持続して見られ、家庭や学校、友人や親せきといるときなど2つ以上の状況で、機能を損なわせていたりその質を低下させたりしていること、さらにそれらのいくつかは12歳になる前からあったこと、などが診断のポイントとなります(American Psychiatric Association 2013)。

 ADHDの原因に関しては、これまでの疫学研究から、ADHDの発症には遺伝的要因の影響が強く示唆され、また複数の遺伝子が関与している可能性が高いとされます(島田・佐々木 2008)。

 ADHD児の多くには、行為障害や気分障害、不安障害をはじめとして、さまざまな併存障害が認められます。特に、他者の基本的人権を侵害し、年齢にふさわしい社会的な規範と規則を破壊する行動がくりかえされる行為障害や、権威のある人物に対する拒絶的、挑戦的、反抗的、敵意的な行動が繰り返される反抗挑戦性障害は併存しやすいとされます。また、気分障害も合併しやすく、併存率が研究間で大きく隔たるものの双極性障害が併存することや、児童期には9-32%に大うつ病性障害が併存し、成人期においても16-31%が大うつ病性障害の基準を満たすという報告もあります(鈴木 2008)。
 また、養育環境は、素行症やうつ病といった併存のリスクを高めると示唆されており、社会環境がADHDの経過に大きな影響を与えると考えられています(村上 2017)

 ADHDへの治療は、薬物療法では、特に児童・青年期においては、中枢刺激薬であるコンサータやリタリンがもちいられます(齊藤・鈴木 2008)。また、心理社会的治療としては、行動療法やペアレントトレーニング、ソーシャルスキル・トレーニング、感覚統合療法などがおこなわれます。また、症状改善と二次障害の予防には学校や幼稚園における対応が不可欠になりますが、そのような場合には、環境調整が重要で効果的とされます(鍋谷 2010)

関連問題

●2022年ー問15 ●2020年-問150 ●2019年-問93 ●2018年-問32問132 

参考文献

  • American Psychiatric Association 2013 Desk reference to the diagnostic criteria from DSM-5 髙橋三郎、大野裕(監訳)2014 DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引 医学書院
  • 村上佳津美 2017 注意欠如・多動症(ADHD)特性の理解 心身医57. 27-38
  • 鍋谷まこと 2010 ADHDの具体的指導と取り組み 小野次朗・上野一彦・藤田継道(編) よくわかる発達障害 第2版 ミネルヴァ書房 70-71
  • 太田豊作 2017 注意欠如・多動症(ADHD)概念の変遷
  • 齊藤万比古・鈴木祐貴子 2008 ADHDの薬物療法 臨床精神医学37(2) 167-174
  • 島田隆史・佐々木司 2008 遺伝子(レストレスレッグス症候群を含めて) 臨床精神医学37(2) 135-145
  • 鈴木太 2008 ADHDにおける精神医学的併存症 臨床精神医学37(2) 155-164
  • 橋本俊顕 2008 ADHDの歴史 臨床精神医学37(2)121-127