認知症

認知症

認知症症状

 認知症とは、一度正常に発達した脳の知的機能が、後天的な脳の器質障害によって持続的に低下し、日常・社会生活に支障をきたす状態をいいます。日本では、かつて痴呆症と呼ばれていましたが、2004年に認知症へと呼び変えられるようになりました。

 Shorter,E.(2005)によれば、老年期の知性や情動が衰える状態に対して、かつてはメランコリーをはじめとしたさまざまな表現が用いられてきましたが、1785年にPinel,P.がdémenceを医学的な用語として用いたことからDementiaが使われるようになりました。

 その後、認知症はうつ病や精神病と鑑別されていく中で、1906年にAlzheimer,Aが報告した症例を受けて、Kreapelin, E.が1910年に初老期精神病の一部と位置づけました。時を同じくして、1906年にはPick,A.が、ピック病と呼ばれる重篤な前頭葉と側頭葉の萎縮が見られた症例を報告しています。また、1912年にはLewy, F.Fが、パーキンソン病の脳幹に、のちにレビー小体と呼ばれることになる細胞質に含有物が存在することを記述し、レビー小体型老年認知症とよばれる認知症の特徴を発見しています。

 2013年のDSM-5では、 Dementiaは、neurocognitive disorderと標記されるようになりました(American Psychiatric Association 2013)。

  

 認知症の症状は大きく2つに分けられ、脳の障害により直接起こる中核症状と、中核症状に付随して引き起こされる二次的な症状である行動・心理症状(BPSD:Behavioral and psychological symptoms of dementia)とがあります。中核症状は、記憶障害、見当識障害、失語、失行、失認、遂行機能障害などがあたります。一方で、BPSDには、不眠、徘徊、暴力、興奮、不安、焦燥、うつ状態、幻覚、妄想などがあたります。

 BPSDの病態は明確には解明されていませんが、心理的、社会的、生物学的要因が複雑に絡み合った結果であると考えられています。BPSDの管理に際しては、非薬物療法と薬物療法を併用することが推奨されます(Cerejeira,J. et.al 2012)。

 代表的な認知症疾患には以下のようなものがあります。

アルツハイマー病

 1906年にドイツの精神科医で精神病理学者であったアルツハイマーによって報告された変性疾患による認知症です。脳の病理所見としては、神経細胞脱落(アポトーシスによる神経細胞死)、老人斑(アミロイド蛋白の沈着)、神経原線維変化(異常リン酸化タウ蛋白の沈着)を認めます(柏木・武田 2005)。

 主な障害部位は頭頂葉と側頭葉で、早期からそれらの部位で血流・代謝低下がみられます。病期は3期に分けられ、臨床症状が推移します。初期には、特に近時記憶障害が目立ち、最近の出来事に関する記憶が障害されます。記憶障害は持続して憎悪し、物の名前を思い出せなくなったり、時間の見当識が障害され日付を何度も確認するようになったりします。不安や落ち着きのなさ不眠や抑うつ状態で発症することも多いです。また、物取られ妄想や被害妄想が出現し、自発性が低下してだらしなくなったりします。中期は、記銘力が著名に障害され、遠隔記憶も障害され始めます。場所の見当識が障害され、外出先から家に帰れず迷ったり、徘徊が出現したりします。また、着衣失行や失語、失認なども生じます。後期には、意思の疎通が困難になり、人の見当識が障害され肉親がわからなくなったりします(医療情報科学研究所 2011)。

前頭側頭型認知症(Pick病)

 初期には自発性の低下や感情の鈍麻、脱抑制などの人格変化・行動異常で潜行性に発症します。中期には常同行動、後期には無動・無言で寝たきりとなります。代表的疾患にPick病があります。主な障害部位は前頭葉と側頭葉で、それらの部位で多くは血流の低下がみられます(医療情報科学研究所 2011)。

びまん性レビー小体病

 変性疾患による認知症ではアルツハイマー病に次いで頻度が高いもので、大脳皮質など中枢神経系に広汎にレビー小体を認めます(柏木・武田 2005)。主な障害部位は後頭葉で、過半数に後頭葉の血流低下を認めます(医療情報科学研究所 2011)。

進行性で変動する認知機能障害や繰り返す幻視、パーキンソニズムなどの症状が見られます。パーキンソニズムとは、安静時振戦、筋強剛、無動、姿勢反射障害などの症状をいい、動作緩慢や姿勢歩行障害などが見られます。また、幻視を中心とした幻覚、錯視、誤認妄想、REM睡眠行動障害(REM sleepbehavior disorder:RBD)などの特徴的な行動異常は、臨床上、介護上の問題ともなります(森 2020)。人物誤認としては、よく知った人物を、その人にうりふたつでよく似ているが実は偽者だとの妄想を訴えるカプグラ症候群などがあります(北村 2003)。

 精神症状・行動異常を抗精神病薬で治療しようとすると、抗精神病薬に対する過敏性のためにパーキンソン症状の悪化や過鎮静が生じ、パーキンソン症状に対する薬物処方をおこなうと、幻視などの精神症状が悪化するといった具合に、症状の一側面に対する治療が他の側面の悪化をもたらすというような難しさがあります(森 2020)。

血管性認知症

 脳血管の病変によって引き起こされる認知症をいいます。様々な部位に障害がおこりますが、前頭葉の障害が多いとされます。血管性認知症は、病変の広がりや病変の部位などから、分類がなされています。認知機能がまだら状に低下し、梗塞が加わる度に段階的に悪化するのが特徴です。症状としては、抑うつ、遂行機能障害、夜間せん妄、尿失禁などが見られます。

 このように、認知症を引き起こす原因としては、神経変性や脳血管障害のほか様々な疾患が挙げられます。一般的に神経変性疾患は、不可逆性に進行し治療が困難ですが、認知症の中には早期に治療を行うことで認知機能が回復する治療可能な認知症もあります。正常圧水頭症、HIV脳症、甲状腺機能低下症、慢性硬膜下血腫、神経梅毒などがそれにあたり、原疾患の治療によって認知機能が回復する可能性が高まります。このうち正常圧水頭症は、歩幅の減少や両足を開いて歩いたり、歩行が不安定なったりといった歩行障害と、精神活動の低下、尿失禁の3つを特徴とします。

また、認知症までは至らないものの、記憶など認知機能の低下が年齢相応以上に認められる状態を軽度認知障害(MCI : mild cognitive impairment)と呼びます。高齢者のうつ病(仮性認知症)は、一見認知症に類似する症状を呈するため、特に鑑別が必要とされます。

認知症ケア

 認知症高齢者への心理・社会的アプローチとしては、リアリティ・オリエンテーションや回想法、バリデーション療法などが導入されています(野村 1998)。

 回想法は、高齢者の過去の回想に、専門家が共感的受容的姿勢をもって意図的に介入し、支持する技法です(田髙・他 2005)。回想法は 1960 年代に精神科医の Butler (1963)が老年期に行われる回想は「過去の葛藤を解決するために取り組まれる普遍的な心理的プ ロセス」だと指摘し、このプロセスをライフレビューと名づけたことに始まります(野村 2021)。Butler (1963)は、ライフレビューの過程で、それまで明らかにされていなかったことを親密な人たちに語ることがあり、それによって生涯の関係性の質が変化する可能性もあるとしています。

回想法はさまざまな枠組みのなかでおこなわれます(田髙・他 2005)。野村(1998)は、回想法の種類を回想法には個人回想法とグループ回想法とに分け、グループ回想法では多くの場合、言語と併用して様々な材料や道具が用いられるとしています。そして、どういった道具を用いるかは、五感のどこを刺激するかや、大きさの大小といった道具の特徴を、グループのプロセスの観察に基づいて考えることが重要であるとしています。

他にも認知症ケアとして、パーソン・センタード・ケア(Person Centred Care : PCC)が知られています。PCCはRogers,C.のパーソン・センタード・アプローチ(Person Centred Approac : PCA)の考えを参照したKitwood,T.が、認知症のケアにおいて用いたもので、本物の関りや交流といったものを強調しています。ただし、PCCはPCAと同義ではなく、より広範囲に及ぶ運動全体を包含するものとされます。PCCは、1) 認知症の人と介護をする人を大切にする、2)人間を個人として扱う、3)認知症の人の視点から世界を見る、4)認知症の人が相対的な幸福を感じることができる肯定的な社会環境といった要素で構成されています(Brooker, D. 2003)。Kitwood, T., & Bredin, K. (1992).は、人間らしさと認知機能が密接に結びついている近年の理論を振り返り、これらを分けて考える必要性をのべました。そして、認知症患者を、認知機能の障害という次元を超えて、相対的に幸福だったり不幸だったりする状態と見なすことが理にかなっているとしています。

 認知症者への関りにおいては、理論や理屈で説明しても、理解力や判断力が障害されているために効果は薄く、かえって自尊心を傷つけ精神状態を悪化させてしまうことがあります。そのため、対応においては理屈で対応しようとせず、本人なりの理由や目的を把握することなどからはじめ、自尊心を傷つけないように接することが必要になります(柏木・武田 2005)。

理解力や判断力が障害されている中であっても、本人の意志による生活ができるように支援を進めていきます。厚生労働省(2018)は、意思決定支援を、代理代行決定のプロセスとは異なり「認知症の人であっても、その能力を最大限活かして、日常生活や社会生活に関して自らの意思に基づいた生活を送ることができるようにするために行う、意思決定支援者による本人支援」と定義しています。意思決定支援とは、認知症の人の意思決定をプロセスとして支援するもので、通常、そのプロセスは、本人が意思を形成することの支援と、本人が意思を表明することの支援を中心とし、本人が意思を実現するための支援を含むものです。

意思決定支援は、まずは、本人の表明した意思・選好、あるいは、その確認が難しい場合には推定意思・選好を確認し、それを尊重することから始まります。

 また、意思決定支援にあたっては、本人の意思を踏まえて、身近な信頼できる家族・親族、福祉・医療・地域近隣の関係者と成年後見人等がチームとなって日常的に見守り、本人の意思や状況を継続的に把握し必要な支援を行う体制(意思決定支援チーム)が必要であるとします(厚生労働省 2018)。

 個人への支援の他に、家族への配慮も欠かせません。介護による心身の疲労は、介護者の健康を害することもあります。患者・介護者が「共倒れ」にならないよう、家族の抱える苦悩や疲労に理解を示しつつ、早期から積極的に介護保険制度を含む公的な福祉・保健サービスを受けるように勧めていく事も大切とされます(柏木・武田 2005)。

介護保険制度で受けられる保険給付の種類は、要介護状態に関する保険給付である「介護給付」と、要支援状態に関する保険給付である「予防給付」とに分けられます(介護保険法第18条)。いずれの給付をうけるにあたっても、申請書に被保険者証を添付して市町村に申請する必要があります(介護保険法第27条、第32条)。

 介護保険のサービスを利用するときは、自立した日常生活を送るため、必要性に応じてサービスを組み合わせたケアプランを介護支援専門員(ケアマネジャー)とともに作成します。そして、作成されたケアプランに基づいて、サービス提供事業者や介護保険施設と契約を結び、サービスを利用します。

 介護支援専門員になるには、保健医療福祉分野での実務経験(医師、看護師、社会福祉士、介護福祉士等)が5年以上である者などが、介護支援専門員実務研修受講試験に合格し、介護支援専門員実務研修の課程を修了し、介護支援専門員証の交付を受ける必要があります(厚生労働省老健局長 2015、介護保険法第69条の2)。

その他の認知症への支援として、認知症初期集中支援チームがあります。認知症初期集中支援チームの「初期」という言葉の意味は、①認知症の発症後のステージとしての病気の早期段階の意味だけでなく、②認知症の人への関わりの初期(ファーストタッチ)という意味をもつ。すなわち、対象となる認知症の人は初期とは限らず、中期であっても医療や介護との接触がこれまでなかった人も含まれます。また、「集中的」の意味は概ね6ヵ月を目安に本格的な介護チームや医療につなげていくことを意味しています。

チームは、原則として、医師や薬剤師、看護師などに準ずる認知症の医療や介護における専門的知識及び経験を有すると市町村が認めた者であり、かつ認知症ケアや在宅ケアの実務・相談業務等に3年以上携わった経験がある専門職2名以上と、日本老年精神医学会若しくは日本認知症学会の定める専門医又は認知症疾患の鑑別診断等の専門医療を主たる業務とした5年以上の臨床経験を有する医師のいずれかに該当し、かつ認知症サポート医である医師1名の3名以上の専門職で構成されます。初回の観察・評価の訪問は原則として医療系職員と介護系職員それぞれ1名以上の計2名以上で訪問します。支援では、医療機関への受診が必要な場合の訪問支援対象者への動機付けや継続的な医療サービスの利用に至るまでの支援、介護サービスの利用等の勧奨・誘導、認知症の重症度に応じた助言、身体を整えるケア、生活環境等の改善等の支援などがおこなわれます。(国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 2020)。

関連問題

●2022年-問23問68問131問143 ●2021年-問65問98問140 ●2020年-問21問22 ●2019年-問36問89 ●2018年(追加試験)-問18問25問37問62問76問94問141問142 ●2018年-問24問131問140

参考文献

  • American Psychiatric Association 2013 Desk reference to the diagnostic criteria from DSM-5 髙橋三郎、大野裕(監訳)2014 DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引 医学書院
  • Brooker, D. (2003). What is person-centred care in dementia? Reviews in Clinical Gerontology, 13(03), 215–222
  • Butler, R. N. (1963). The Life Review : An Interpretation of Reminiscence in the Aged. Psychiatry, 26(1), 65–76.
  • Cerejeira,J., Lagarto,L.,&Mukaetova-Ladinska,E.B. 2012. Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia. Frontiers in Neurology, 3.
  • 医療情報科学研究所 2011 病気が見えるvol.7. 脳・神経 メディックメディア
  • 柏木雄次郎・」武田雅俊 2005 認知症(痴呆症) 日野原重明・井村裕夫(監修) 看護のための最新医学講座[第2版]17 老人の医療 pp.214-221中山書店

北村俊則 2003 精神・心理症状学ハンドブック 第2版 日本評論社

Kitwood, T., & Bredin, K. (1992). Towards a Theory of Dementia Care : Personhood and Well-being. Ageing and Society, 12(03), 269–287.

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター 2020 認知症初期集中支援チーム員研修テキスト

厚生労働省 2018 認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン

厚生労働省老健局長 2015 「介護支援専門員実務研修受講試験の実施について」の一部改正について

森悦朗 2020 Lewy小体型認知症の治療 神経治療37(1)  32-38

野村信威 2021 高齢者における回想法のエビデンスとその限界 心理学評論64(1) 136-154.

野村豊子 1998 回想法とライフレヴュー 中央法規

Shorter,E. 2005 A HISTORICAL DICTIONARY OF PSYCHIATRY Oxford University Press 江口重幸・大前晋(監訳) 2016 精神医学歴史事典 みすず書房

田島明子・阿部邦彦 2014作業療法実践にパーソン・センタード・ケアや認知症 ケアマッピングをより良く生かすための考察 ―作業療法実践・理論とパーソン・センタード・ケアの理念や認知症ケアマッピングの比較検討― リハビリテーション科学ジャーナル10. 37-45

田髙悦子・金川克子・天津栄子・佐藤弘美・酒井郁子・細川淳子・高道香織・伊藤麻美子 2005 認知症高齢者に対する回想法の意義と有効性 -海外文献を通して一 老年看護学9(2)56-63.

東京都 2023 介護保険制度パンフレット