臨床活動の進め方
心理臨床活動は、①情報収集、②情報の分析・統合(仮説の生成)、③介入(仮説の検証)、④新たな情報の収集、⑤新しく得られた情報を踏まえた仮説の修正という流れで進んでいきます。そして、⑤で修正された仮説はそれに基づく介入によって検証され、そこから得られた情報で仮説がさらに修正されていくという循環的な過程をたどります。公認心理師法で公認心理師の仕事としてあげられている、心理に関する支援を要する者の心理状態の観察(第2条第1項)、その結果の分析(第2条第1項)と、援助(第2条第2項、第3項)は、それぞれ、観察が①(④)、分析が②(⑤)、援助が③の過程にあたると考えられます。この心理臨床のプロセスは、どのような心理臨床の場面にも共通する基礎的で重要なものです。
臨床活動をこの流れにそって進めていくにあたっては、いくつかのポイントがあります。
情報の収集と一口にいっても、収集する情報には様々な水準のものがあります。目の前にいるクライエントの話の内容からはもちろん、立ち振る舞いだけからでも情報は多く得られます。また、直接本人と会わなくても周囲の人からもクライエントに対する情報を収集できるでしょう。これ以外の方法としては、心理検査も情報収集の一つの方法です。
情報収集は、クライエントや周囲の人の負担の少ないものからはじめていくということがポイントです。情報収集の際にどのような方法をとるにしても、やみくもに情報を収集することはありません。質問を1つするにしても、その情報がその人の状態を把握するために必要だからするのです。例えば、クライエントの状態が特定の病気や障害に当てはまるか調べたいときには、診断基準を満たすかどうかという視点から質問がおこなわれます。また、「問題が起こった時にどんなことをしましたか?」という質問は、クライエントの対処行動について知りたいと思ったり、問題の発生とクライエントの行動の関係性について知りたいと思ったりするからおこなわれるのです。もしもクライエントのより主観的な情報を知りたいと思えば「問題が起こった時にどんな考えが頭をよぎりましたか?」といった質問になるでしょう。質問は、②の枠組みを想定しておこなわれるのであって、何となく話の流れから「問題が起きてどうなりました?」という質問をするのではありません。
この情報収集の方法としては、心理検査もあります。ただし、心理検査は会って話をするという面接状況と比較すると、相対的にクライエントの負担が強い方法です。そのため、質問をする以上に、それが必要であるという見立てをおこなったうえで検査をおこなうことになります。「いろいろと集めた情報を踏まえると知的な能力が低いことが考えられ、それを知ることができると適切な制度や支援につなげることができる」からこそ、知能検査をおこなうのです。決して、「なんとなく」知能検査をおこなうことはありません。このように、情報収集はやみくもにおこなうわけではなく、クライエントや周囲の負担の少ない方法から進めていき、必要に応じて情報収集の幅を広げていくのです。こうして得られていった情報は、クライエント理解のために有機的につなぎ合わされていきます。
情報を統合する際、介入の優先順位の視点から、生命の安全に関する情報、身体機能や障害に関する情報、精神機能や障害に関する情報、各種心理療法のアセスメントに必要な情報の順で重視されます。これらは前者ほど後者よりも命の危険に直接的、即時的に関係するという点と、前者が後者の在り方を規定するという点で、前者ほど優先順位が高くなっています。
最も優先順位が高いのは、生命の安全に関する情報です。当然ですが、全ての介入は生きていることが前提におこなわれるものです。そのため、命の安全が確保されていない場合は、何よりも優先的に安全を確保するための行動が必要となります。被災して「のどが渇いた」と言っている人に必要なのは、その辛さに耳を傾けることでなく、水を渡すことです。守秘義務が虐待の通報を妨げないのも、そこに命の危険があるからです。このように、生命の安全に関する情報は、情報を統合していく際に特に重要になります。
次いで重視される情報は、身体機能に関する情報です。命の安全とのからみでいえば、身体に関する問題は、より命の危険に直結します。つづく頭痛の原因はもしかしたら脳の器質的な問題かもしれません。息苦しさの原因は心臓や肺の問題かもしれません。こういった場合には、早急に身体的な問題への対処が必要になるでしょう。また、身体的な問題が根底にある場合には、心理的なアプローチよりも、まず身体のケアがおこなわれることが、問題の直接的な解決の役にたつでしょう。そのため、身体的な情報が重要になります。
身体に関する情報に次いで、精神機能に関する情報も重要です。精神的な問題から希死念慮が高まり、命を危険に晒すようなこともあります。また精神症状の有無は、現状に大きな影響を与えます。例えば幻覚症状が強い状態では、通常の交流が難しくなるような場合もあります。そのような場合には、心理療法的な介入をおこなう前に薬物療法などによって症状をおさえる必要があるでしょう。精神に関する情報は、精神症状に限りません。高次脳機能や知的機能といった、精神に関する情報に分類されるもので、本人が最大限持ち得る能力がどの程度かめどをつけていく事は、介入の方向性を決める基本的な基準になるでしょう。例えば、知的な能力に著しい問題がある人には、経済的にも身体的にも完全に自立した生活を目指すように働きかけていくよりは、使えるサービスを用いながらできる範囲で生活していくといったことを目指していくほうがより妥当かもしれません。
これらが適切に見立てられ対処されてはじめて、その上に様々なオリエンテーションの見立てと介入が成り立ちます。 精神分析的な心理療法であれば、転移や防衛機制のあらわれ方に注目して自我や対象関係の在り方といった面からその人らしさを理解しようとし、発達段階なども踏まえて主訴がどういう文脈から生じているのかなどを理解していこうとするでしょう。また、行動分析では、構成概念は用いずに行動の水準に注目し、三項随伴性の観点から行動に影響を与えている要因を検討したりオペラント水準を調べたりしていくことになるでしょうし、認知行動療法では感情や認知といったものも含めた個人と環境との相互作用から患者の主訴を理解していこうとするでしょう。システム論的な家族療法であれば、家族の相互作用をはじめとしたシステムの循環に注目して理解を進めるでしょうし、解決志向アプローチであれば、問題の原因という過去よりも問題が解決した未来に目を向け、現在を未来に近づけていくためにすでに何が起こっているのかに注目したりしていくでしょう。 しかし、こういった心理療法的な介入は生命の安全や身体に関する情報、精神に関する情報などにしっかりと対応された上でおこなわれるのです。より後者の介入をおこなうためには、より前者の状態が整っている必要があるのです。
情報を統合した結果おこなわれる行動にも様々なものがあります。どういった行動がとられるかは、どう見立てられたかによります。ただし、アセスメントの優先順位と関連して、生命の安全や身体面へのフォローなど、より下地となる状態が整っていなければ、そちらを整えることが優先されます。そのため、医療につながっていないクライエントの場合は、心理療法的な介入を進める前に、医療機関への受診をうながしたりするわけです。
介入の下地が整っている場合には、その上に新たに介入を進めていく事になりますが、その際にも、本人を取り巻く環境の調整や、関係者との連携といった支援環境の調整によって、環境を整えていく視点は重要です。
そして、これら介入によって患者にあらわれる変化を新たな情報として仮説に統合し、介入を修正していきます。
関連問題
●2018年‐問61、問62、問67、問69、問70、問122、問140、問141、問142、問143
●2019年‐問62、問66、問67、問68、問72、問73、問74、問138、問151
●2020年-問60、問62、問63、問68、問69、問74、問76、問138、問142、問144、問145、問147、問150、問152、問153
参考文献
- 下山晴彦・松沢広和(編) 2008 実践心理アセスメント 日本評論社
- 下山晴彦(編) 2009 よくわかる臨床心理学[改訂新版] ミネルヴァ書房
- 津川律子 2018 面接技術としての心理アセスメント 臨床実践の根幹として 金剛出版